慢性的貧困の撲滅には何が必要か?-2030年へ向けて実務の観点から

This post was originally published on The Povertist.

30年まで15年もある。いや、「15年しかない」という方が正しい。2030年までに貧困を撲滅することを目指すのであれば、今すぐに慢性的貧困の問題に取り組まなければならない。どのような課題があり、開発途上国や援助機関はどのように克服できるのだろうか。過去数十年にわたる議論の焦点は、「経済成長を通じていかに貧困を削減できるか」だった。一方、新しい開発目標の下では、議論の焦点は貧困の「削減」から「撲滅」へと転換しつつある。

削減から撲滅への転換によって、誰の貧困問題の解決を目的とする政策なのか、という問いが重要となる。たしかに、高い経済成長は消費水準を上昇させることで多くの貧困層にとって有益かもしれないが、貧困層の中でも最下層に位置する慢性的貧困層は裨益することができるのだろうか。言うまでもなく、慢性的貧困層が長期間貧困状態にある原因は、過去の経済成長から利益を享受できなかったためだ。彼らを貧困状態に留めておく構造的な問題を取り除かない限り、貧困はゼロにはならない。直近の慢性的貧困報告書(Chronic Poverty Report)によれば、慢性的に貧困状態にある人々とショックによって一時的に貧困状態にある人々を分けて考え、異なる政策を立案すべきだとしている。

その答えは現実的かつ実用的でなければ意味がない。私たちには残された時間は少ないから。2030年に貧困撲滅を達成するためには、今すぐ取り組みを開始する必要がある。つまり、長期的な貧困に苦しむ全ての子供たちへ教育や保健サービスを受ける機会を与えること。そうすることで、15年後、彼らが大人になった時には収入を得て家族を養えるようになる。15年という限られた時間を考えれば、世代間の貧困の連鎖を断ち切ることができるのは今しかない。では、慢性的貧困の解決へ向け何が重要なのだろうか。私は「実施」が重要な要素だと感じている。実務的な案件実施方法と言ってもよいかもしれない。案件を実施するためにはまず、当該国にどれくらい慢性的貧困層が居住しているのかを知る必要がある。そして、彼らの住環境、家族構成、収入減を調べ、どのようなクライテリアを用いれば彼らを案件対象家庭として選定(ターゲティング)できるかを考える。これらの分析は実践可能だろうか。

案件実施のためには、データがもう一つの重要要素である。一般的に慢性的貧困の測定にはパネルデータが用いられる。同じ家庭のデータを複数年にわたって収集し、貧困状態が継続したかどうかを測定する手法だ。この手法の最大の欠陥は実用性に乏しいことにある。実際に、全国規模の貧困分析を可能にするパネルデータを保有している開発途上国はほとんどない。研究費用を確保できた研究機関が、彼らの関心に基づき局地的に収集したパネルデータはあるだろう。しかし、政策立案・モニタリングを行うに足るデータは、定期的かつ全国規模で収集される必要がある。したがって、開発途上国は慢性的貧困の問題にパネルデータなしで立ち向かわねばならないことになる。繰り返しになるが、今からデータを集めるのでは手遅れだ。今あるデータを使って慢性的貧困層をターゲティングする手法を考え出すしか道は残されていない。

一例として、最近出版した論文でカンボジアの農村部での慢性的貧困の分析をパネルデータなしで行った。ポイントは定性データと定量データの融合にある。定性データは、参加型貧困アセスメントの結果。定量データは一般的に政府が行っている家計調査データ。どちらも全国規模で行われたものであり、全国規模の推計を行うには不足ない。定性データを用い、貧困層自らが考える慢性的貧困の定義を採用し、定量データで対象家庭を推計する手法だ。

詳細は論文を参照いただきたいが、驚くべき結果が得られた。カンボジアでは2004年から2010年のわずかな期間に貧困率が60%から40%まで改善したにもかかわらず、ここで推計した慢性的貧困率は11%からほとんど改善が見られなかった。この結果は、高度経済成長が慢性的貧困家庭の消費水準を上昇させた一方、生産用資産(Productive Asset)と人的資本(Human Capital)の拡充といった構造的な貧困要因を改善するに至らなかったことを示している。

更に、政策的観点から重要なことは、カンボジアの国家貧困線による消費ベースの測定方法では、ここで推計された慢性的貧困層のほとんどをとらえることができないということだ。これらの慢性的貧困層は消費水準こそわずかに高いものの、人間開発の水準は極めて低い水準に停滞しているため、単に計測方法の違いによるものとして片づけることができない問題といえる。これが示す政策的意味は、慢性的貧困の計測は、消費だけでは不十分であり、多元的な要素を考慮すべきということ。クライテリアの選定に当たっては本論文で示された慢性的貧困層の特性が参考となるだろう。特に、貧困層にとって最後の頼みの綱である国家社会保護戦略(NSPS)、セーフティネットの実施に際しては留意する点だろう。

論文中で示された手法はほんの一例に過ぎない。ただ、いずれにせよ現在利用可能なデータを用い、実務家・政策立案者がデスクサーベイですぐに実施可能な分析手法が望ましい。慢性的貧困層を見つけ出すにはパネルデータがベストかもしれない。しかし、データがなく、残された時間もない以上、ベストではなくともベターな手法を用い、すぐに案件実施へつなぐことが重要だろう。2030年を見据えレ場、私たちに残された時間は限りなく少ない。

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