雇用保険制度の導入を議論するインドネシア

この記事はThe Povertistに投稿されたものです。

インドネシアで雇用保険制度の導入が議論されている。現在の社会保険制度は、労災補償、死亡保障、年金保障、老齢保障[1]の4本立てとなっており、労働社会保障機関(BPJS Employment)が実施を担っている[2]。ここに5本目の柱として雇用保険制度を新たに導入するための議論が展開されている。

東南アジア諸国でも雇用保険を導入している国は、タイ、ベトナム、マレーシアの3ヶ国しかない。G20の仲間入りを果たし、巨大な労働市場を擁するアジアの大国が雇用保険に関心を示す理由はどこにあるのだろうか。

失業に対する公的保障の欠如

インドネシアの失業率は5%前後であり、相対的には高い水準にはない。しかし、絶対数で考えれば700万人前後の失業者が毎年データに表れてくることとなる。労働市場の規模を考えれば、把握できていない失業者は更にいると考えるのが自然である。これを身の回りのこととして考えてみて欲しい。事業主と700万人の労働者が解雇や退職の話し合いを行っているのである。

冒頭で紹介した通り、インドネシアには雇用保険制度がない。つまり、失業した労働者は公的な補償を受けることができない。たしかに、インドネシアの現行法では事業主が退職金(Severance pay)を支払う義務を負っている。しかし、事業主が退職金を分別管理して積み立てているわけではなく、事業会社の倒産に際しては、様々な債権者によって財産の差し押さえが行われ、退職金が労働者へ支払われることは極めて稀とされている。

いずれにせ、雇用保険制度がない現状では、失業者に対する補償は国ではなく企業が担うこととなっている。解雇のたびに話し合いが設けられ、退職金の有無や多少が労働者と議論される。

企業・個人の責任から国の責務へ

本来、国民が不安なく生活できるための社会保障制度を用意するのは国の責任であり、企業や個人がその責務を代替することはできない。

これが日本であればどうか。労働者と事業主がそれぞれ0.3%ずつ保険料(対賃金総額)を納めることによって、失業給付制度が運営されている。更に、事業主が0.3%を納めることによって雇用保険二事業(雇用安定事業・能力開発事業)が運用されている。労働者に対する失業保険と積極的雇用政策[3]の両輪を兼ね備えた、雇用保険制度が日本には存在する。

インドネシアに雇用保険制度ができれば、失業者の保護は国の責任となり、企業や個人は保険料を納めることによって解雇・失業に伴うリスクを軽減することが可能となる。さらに、積極的雇用政策が機能し始めれば、失業者は職業安定所で仕事の紹介を受けたり、研修制度を利用してスキルを身に着ける機会を得ることができるようになる。労働者は自分のスキルを活用した仕事を見つけ、企業はミスマッチを避ける。公的サービスが提供されることによる労働環境の改善が期待できる。

インドネシアは今、労働環境を大きく改善するための重要な局面にある。政労使が膝を突き合わせて妥協案をまとめ、互いに納得のいく制度設計を考える時期にある。


[1] 積み立てた保険料及びその利子が一時金として支給される個人貯蓄制度。
[2] 国民健康保険(JKN)の運営主体はBPJS Health
[3] Active Labour Market Policy (ALMP)。