デジタル化によって政策の仕事は忙しくなりすぎた

(おそらく)10歳以上は年上のベテランの同僚に技術的な助言を貰うために電話をかけたときの話。技術的な内容は込み入っているので割愛するが、「ここ数年のデジタル化がしんどい」という雑談が興味深かったので書き留めておく。

私たちの仕事は社会保障・労働政策について助言を各国にすることで、報告書の内容は社会・経済・市場に大きな影響があることが多い。したがって、機密を要するやり取りを現場と本部で行うには、パウチというズタ袋をかつては使っていた。外交文書のやり取りを行う袋で、各国政府が中身を確認することは許されない。この袋で郵送する手法自体はまだ使われているが、とんでもなく郵送に時間が掛かる他、Eメールが発達した今では報告書のやり取りはメールで行われている。ここ数年で更にデジタル化が進み、クラウドで共有して同時作業するようになった。

これによって起きたことは、政策文書のコメントのやり取りが圧倒的に加速したことだ。かつてはドラフトを作成して、現場から本部の専門家パウチで現物を郵送し、数カ月後に本部へ届き、返送を待つという流れだった。つまり、ドラフト送付後に、数ヶ月は別の仕事ができた。今では、クラウドに入れて、「二週間後までコメントよろしく」という時代だ。仕事のサイクルが全体的に加速したわけで、現場のドラフト作成部隊である私も次から次へとドラフト作成し続け、本部でコメント付ける側の人たちも全世界から「来週までよろしく」といった形で依頼がくる。

もう一つ大変なことはチャンネルが多くなったこと。コメントしなければならない報告書がクラウドで共有されたのか、メールなのか、別の方法なのかわからなくなること。「頭が
おかしくなるほど、大量のコメント依頼が短期間に届いて、どれにコメントしてよいかわからない。パウチ時代が懐かしい。」そうだ。

実務的には、本部の数名でコメントを捌き切るのは不可能となり、「分権(decentralise)」の名のもとに、各国事務所が政策提言・出版を担う。そうなると問題は、組織としての方針の一貫性を担保する部局や人がなくなること。南米とアジアで真逆の政策を提言してしまうことも起こりうる。

結局、分権できる仕事とそうでない仕事があって、分野が狭くなればなるほど専門家も減りキャパの補充が難しくなる。一方、デジタル化による仕事のサイクルの加速は留まることを知らず、現場の限界を無視し続ける。制作の仕事をする人は忙しさが加速していて、一つ一つの報告書がレビューにさらされる回数やその質下がり続ける。時代は完全に質より量に舵を切り、文書作成で生きている我々のような人種は少ないマンパワーでかつての何倍もの仕事量を何倍も短い時間で回さなければならない。人力では到底不可能で、AIの活用ができるかいなかが、生き抜く術となる。

一方、昔と変わらず、メールもクラウドも知らず、電話やタバコやコーヒーを一緒に飲むことに日々のほとんどを費やし、定時に帰宅する人種もいる。

人生どこまで行っても、優先順位をどこに置くかである。