安定という名の偶像

2年に一度大陸を移動しながら生きている私にとって、友達というのは本当に少ない生き物だ。

友達の少ない私にとって、職場の同僚というのは更に少ない友達の中の友達であることが多い。

そして、ILOを含む国連グループは、日本社会以上に高齢化が進んでいる職場である。

そのため、職場で年齢が近い同僚というのは、片手で足りるほどしかいないわけである。

 

そんな同僚の一人が仕事を辞める。

彼の契約は終身雇用に近い契約で、よほど悪いことをしなければ退職するまで居座ることが可能だ。

終身雇用が無くなった国際機関において、彼のような安定した契約を勝ち取ることを多くのスタッフが目指している。

それにもかかわらず、彼は辞めることを選んだ。

 

給料が原因ではない。

別の職場へ移ることによって、彼の給料は今の半分になる。

半分になった給料の更に半分は住宅ローンに持っていかれる。

金銭的には厳しい生活が待っている。

それでも彼は辞めることを選んだ。

 

大きな理由はやりがいだ。

やりがいのある職場かどうか。それは個人の価値観もあるので一概には言えない。

ただ、一つ言えることは、自分の価値観と比較してやりがいがなければスパッと辞める。

自分の価値観にとことん素直であるということだ。

 

金のために生きているのか?

そうではないはずだ。

意味のある仕事を、意味のある場所で、意味のあるタイミングでやっている。

そうすることで幸せを感じ、自分がより輝いて生きていける。

そんなことを彼は考えたのかもしれない。

もちろん家族の事情もあって、彼は母国へ帰ることを選んだ。

しかし、やはり大きな理由は自分が生きる道として正しい方向へ動く。その価値観にとことんこだわった結果なのだろう。

 

生きがいに素直になる。

 

後姿は輝いていた。