指摘

フィンランド政府が月800ユーロ(非課税)のベーシックインカムを全国民へ給付するようだ。国民の約7割が賛成し、2017年に試行が開始される新制度は、複雑化した社会保障・福祉政策をやめることで管理費・運営費を削減する狙いがある。

乱立した社会保障制度とその実施機関を廃止することで、各制度・組織運営費の類を節約できる。たとえば、オフィスビル、職員、振込手数料などは、制度を一本化することで不要となることは想像しやすい。こうして生まれた税の余剰は、ほかの有益な公共事業へ回すことができる。ベーシックインカムのメリットはそうしたところにある。

逆に国民にとっての課題は、生活資金を自己管理することが求められることだろう。これまで無償・低料金で政府が提供してきた社会保険や公的サービスが有料となる。何も気にしなくても受けられたサービスも、お金がないと受けられないこととなる。

また、一定の所得が保障されることから人々の労働意欲を下げる懸念もある。対策として、毎月出勤していることをチェックするプログラムデザインも用意されているようだ。そもそも低く設定された給付額を鑑みれば、今より楽な生活を求めてフルタイムからパートタイムの仕事へつくと、福祉水準を維持できず、多くの国民は今よりも厳しい生活となるという指摘もある。

政治経済の観点からも、重い税金を負担してきた高所得者層へも多少の利益はあるため政治的にも理解を得られやすい政策なのかもしれない。一方、貧困層のターゲティングを行う生活保護などとは異なり、所得再配分による不平等の是正は望めないかもしれない。

どのようなインパクトと課題が浮き彫りとなるか。国家を挙げた世界初の社会実験が幕を開ける。

Govt Reduces Allocation to Social Protection Pogrammes

ガーナ政府が社会的保護に関する予算(貧困層向けの社会保障予算)を2016年度に大幅削減することが報じられた。約40%の大幅削減が見込まれ、公共支出の削減を求めるIMFの影響を受けたとされる。

政府は社会セクターへの支出を増額させることを示唆してきたが、これまでの説明と異なる予算計画となりそうだ。教育・水セクターも例外ではなく、予算削減の影響を受けそうだ。

有識者は、「今回の予算削減は国内格差を広げ、公的サービスに頼って生活せざるを得ない貧困層をさらに脆弱な環境に追いやることとなる」と懸念している。

マクロ経済の安定化は持続可能な経済成長を達成するうえで不可欠な要素だが、貧困層への配慮なくして中長期的な経済成長を担う人的資本の形成は見込めないだろう。

今回は貧困層に最も近い予算がターゲットとされることとなりそうだが、ガーナ政府が対策を貧困層へ用意しているか、今後の動向に注目が集まる。

参考資料

Govt Reduces Allocation to Social Protection Pogrammes

こちら

ケニアで大規模に実施されている孤児や脆弱な子供たちに対する現金給付プログラム(CT-OVC)のインパクトを世代やジェンダーの観点から分析した論文が発表された。

社会保障の給付方法の好みはジェンダーと世代で異なるかもしれない。現金給付プログラム(Cash Transfer)は開発途上国の貧困と不平等の是正に効果があるとされ、様々な角度から実証研究がされている。現金給付プログラムは、貧困層に対して現金を給付することで所得の向上をはかる社会政策の一つとして広く認識されている。現金の使途は限定されないことが多く、受給家庭はそれぞれの事情に応じて貯蓄、投資、嗜好品、教育などへ自由に使うことができる(※現金給付プログラムについてはこちらも参照頂きたい)。

英国サセックス大学開発学研究所(IDS)の研究チームが先日成果発表した研究は、「貧困層がどのようなタイミングで現金給付を受け取りたいと思っているか(受給者の時間選好)」を検証したもので、特に世代の違いや男女差に注目している点で興味深い。たとえば、平均年齢30歳の若い家庭と60歳の老夫婦では給付金の使い道が異なるだろうし、男女差もあると考えるのは自然なことだ。直観的に理解できるこうした憶測を実証的に検証した論文である。

孤児や脆弱な子供たちに対する現金給付プログラム

研究の対象は、ケニアで大規模に実施されている孤児や脆弱な子供たちに対する現金給付プログラム(Cash Transfer for Orphans and Vulnerable Children: CT-OVC)。世界銀行によれば、2011年3月時点で、孤児や弱い立場にある子供約25万人(最も貧しいOVCの約40%、約8万世帯)が受給し、貧困削減、就学率、ID登録の改善に寄与していると評価されている。

運営費(給付総額を除く経費)は40%から25%へ減少傾向にあり、実施機関の能力強化とともに費用効率も改善傾向にある。今後、約10万世帯をカバーすることを想定した場合でも名目GDPの0.07%の予算規模で賄えるとみられ、低コストのプログラムであると世界銀行は評価している。

若者は今を生き、中年はのんびり、老人は再び今を生きる

サンプル調査の対象者は、「もし宝くじがあたるとすればいくら欲しいか」を尋ねられた。今すぐ1,500シリングを受け取るか、今はじっと耐えて将来9,000シリングを受け取ることを選ぶか。待てば待つほど賞金は高くなる仕組みの中、世代間、男女間でどのような思考パターンの違いがみられるかがテストされた。

研究手法こそ学術的に洗練された方法(ランダム化比較試験(RCT))をとっているが、結論はとてもシンプルだ。中年世代は若者世代や高齢者層よりも長い視点で物事を考える。また、若い女性は男性に比べて短期的に物事を考え、高齢者層では男性の方が女性より短期的に物事を考えるようになる。

現金給付プログラムの制度改革へヒント

行動経済学の分野で学術的に意味のある論文だと感じる一方、具体的な政策提言がなされていない印象を受ける。私なりに解釈すれば、政策的付加価値は次の2点に集約されると思う。

第一に、現金給付プログラムの給付額の決定にヒントを与えるだろう。今回の研究で、現金給付プログラムの受給家庭は世代やジェンダーによって、短期的に少ない金額を好む人々と長期的な計画を立ててより大きな額を手にしたいと考える人々がいることが分かった。従来の現金給付プログラムでは、世代やジェンダーによって給付額や給付期間を変えるような運用をした事例は私が知る限りない。受給者の時間選好(将来/現在に消費することを好むこと)にあった給付方法をとることで、より消費者目線に立った制度設計が可能となるかもしれない。

第二に、ケニアでの研究成果は、他のアフリカ諸国へも応用可能なヒントかもしれない。研究対象のCT-OVCは元々、条件付き現金給付プログラム(CCT)の元祖、メキシコのプログレッサ・オポチュニダやブラジルのボルサ・ファミリアを手本としている。多くのサブサハラアフリカ諸国がこれらのプログラムを手本としていることから、ケニアでの研究成果はこれらの国の社会政策へ大きなヒントとなりえるかもしれない。

参考資料

Martorano et al (2015) Age and Gender Effects on Time Discounting in a Large Scale Cash Transfer Programme.

新ODA戦略

開発援助業界の大御所、イギリスはどこへ向かう?

イギリスの政府開発援助(ODA)を担う国際開発省(DFID)が新ODA戦略を発表した。多くのメディアが「英国の援助方針が変わった」と報道している。何が変わったのだろうか。

まず目を引くのがタイトルだろう。表紙を開くと「UK aid: tackling global challenges in the national interest」の文字。国益(National Interest)がタイトルとなっているとおり、報告書の随所に「国益のための開発援助」が登場する。

ODAがイギリスの国益に叶っているのか。今回の方針転換の背景には、そういった国内世論があったと明記されている。ジョージ・オズボーン財務大臣とジャスティン・グリーニング国際開発大臣は共同声明の中で国益を強調している。

「この抜本的な方針転換は、貧困削減、国際的な課題、イギリスの国益のあいだに区別がないことを意味しています。これら全てが密接に関連しています。どんなに小さな支出であっても、必ずイギリスの納税者のためになる使途であることを約束します。もし、納税者にとって意味のないプロジェクトがあれば、案件の中止も辞さないつもりです。」

国民への説明責任を果たす姿勢を示した上で、対GNI比0.7%のODA予算を死守したい意義込みの表れかもしれない。

軍事支援と開発援助の境界線があいまいとの懸念も

Photograph: The U.S. Army

改革の目玉は、省庁横断的アプローチ(Cross-government approach)にある。つまり、ODA予算の27%はDFID以外から支出されることとなる。開発援助の担い手に国防省なども含まれるようになるため、政治や国家安全保障のロジックによって開発援助の優先課題が骨抜きになる懸念もある。

ガーディアン紙への寄稿記事はより鮮明に懸念を表明している。

「1997年のDFID創設以来、これ程まで明らかに国防と外交政策と密接にODAが関係づけられたことはなかった。『国際開発を国家安全保障と外交政策の中心に据える』とはっきりと書かれている。しかし、現実的なリスクは、その逆のケースが起こりうるということ。国家安全保障と外交政策の関心が、援助政策の決定における最優先事項となりうるということだ。」

また、支援対象地域を脆弱国(Fragile States)へ集中させることも明記された。ODA予算の50%が脆弱国支援に向けられることとなる。ここ数年は特に、好調な世界経済を背景に多くの開発途上国で貧困状態の改善が見られてきた。一方で、貧困指標の改善が見られなかった地域は脆弱国に集中しており、貧困削減を主軸に据えるイギリスにとっては、当然の予算配分なのかもしれない。

これについても賛否両論あり、紛争影響下の脆弱国において軍事と援助の境界がますます曖昧になることに懸念を持っている有識者も多そうだ。

開発援助資金の使途を明確にすることに重き

Photograph: DFID

イギリスの開発援助で代表的な手法は一般財政支援(General Budget Support: GBS)だろう。開発途上国政府の国家予算として援助資金を投入し、どの政策へ予算配賦するかは開発途上国政府の判断に委ねられる。「オーナーシップ」や「参加型開発」を重視するイギリスの開発理念が背景にある代表的な手法だった。

GBSも今後は下火となっていきそうだ。今回の改定の原点は、国民の税金の使途を明確にすることにあった。GBSで資金拠出したアフリカの国々で多額の使途不明金が発生したことが背景にあるのだろう。

今後は、イギリスの援助スキームも、プロジェクト・プログラム型の支援が増え、案件の予算・使途をモニタリングしていくことが増えるのではないだろうか。

国益重視が開発援助のトレンドに?

国際開発業界で大きな影響力を持つイギリス。そのイギリスによる今回の大転換は、開発援助のトレンドが大きく変わることを意味しているのかもしれない。今年2月に改定された日本の開発協力大綱も、同じような背景の下で国益を重視し、自国民に対する説明責任を果たしていく方針を鮮明に打ち出していた。

イギリスの開発援助といえば、「貧しい人のために」をモットーに、貧困削減を最優先課題としてきた印象を持っている方も多いだろう。その点については変わりないが、説明責任の観点から大きく方針を転換したのがポイントだろう。

開発援助が「内向き」となった揶揄されるか。あるいは、国益を重視することで国民が「開発援助予算確保への理解」を示すきっかけになるか。前者の印象を後者へ転換できるかは、今後の実績に掛かっているのかもしれない。

開発援助機関が本来の目的を見失わず、貧困削減にひた向きに取り組む姿勢と実績を示していくことが、これまで以上に必要となってくるだろう。