高雄市立歴史博物館 日本統治時代の旧高雄市役所

台湾の歴史ではなく、高雄の歴史を知りたい。

台湾南部の中心都市として発展してき高雄。

300年前に大陸から渡ってきた客家(はか)の人々も多く、台湾人としてのアイデンティティーが強い地域である。

歴史博物館の建物は、日本の統治時代に高雄政府が置かれていた場所。

日本からの独立後、中国大陸で内戦を指揮する蒋介石率いる国民党が台湾を統治した。

日本統治時代の規律正しい統治や、礼儀正しく振る舞うよう日本式の教育を受けた台湾人にとっては、中国大陸からやってきた国民党の役人や腐敗に満ちた統治は不満が募るものだった。

1947年、台湾人の不満が爆発し、国民党政府に対する大規模抗議デモに発展。

国民党は中国大陸から軍隊を派遣し、武力鎮圧を図った。

高雄市歴史博物館は、高雄で初めての犠牲者を出した場所。

高雄政府と国民党の和平交渉が行われていたとき、国民党軍が突入。

多くの人々が犠牲となった。

228事件と呼ばれるこの出来事は台湾の悲しい歴史として台湾人の心に刻まれ、歴史博物館でも刻銘に記録されている。

展示物は少なく、多くが中国語のみの表記となっている。

ただ、228事件については英語で詳細に説明されており、日本の統治時代の資料の多くが日本語で原文を読むことができる。

1938年(昭和13年)建造。

日本統治時代の和洋折衷の帝冠様式らしい建物となっている。歴史を今に伝える貴重な建築物だ。

高雄市立歷史博物館
住 所:高雄市塩埕區中正橋
TEL:07-531-2612
営 業:09:00~17:00

台湾銀行高雄分行 日本統治時代の帝冠様式を伝える歴史的建造物

日本統治時代の帝冠様式の建築物。

台湾銀行高雄支店。

昭和後期に建てられたことから、明治後期の重厚な造りではなく、和洋折衷の帝冠様式らしい建物となっている。

高雄の歴史を今に伝える貴重な建築物だ。

台湾銀行高雄分行
住 所:高雄市前金區中正橋
TEL:07-331-1961
営 業:09:00~15:30

鳳山縣城護城河 城壁沿いに造られた歴史的文化遺産

1788年に建造が始まった鳳山地区。

城下町は6つの門と砲台によって守られ、当初の城壁は竹で作られたものだった。

城壁の外には堀があり、外敵からの侵入を防ぐ役割を果たしていたと言い伝えられている。

堀に関する詳細な文書は残っておらず、伝えられているのは幅や形状の簡単な情報のみ。

お年寄りから言い伝えで情報収集を行うなど、高雄市はより当時の状況に近い環境を再現する努力をしてきた。

こうした努力の結果、当時と同様の素材を使った堀が澄瀾砲台平成砲台に沿って再現されている。

鳳山縣城護城河
住 所:高雄市鳳山區曹公路

平成砲台 鳳山地区に現存する砲台

高雄市民で賑わう鳳山地区。

1788年に建造されたこの地区には、竹で作られた城壁の中で発展してきた歴史がある。

1804年に城門、1837年に砲台がそれぞれ6つずつ建造され、城下町は外敵から守られながら発展してきた。

平成砲台は現存する3つの砲台のうちの一つ。

1988年に高雄市が歴史文化財として指定している。

平成砲台
住 所:高雄市鳳山區曹公路

澄瀾砲台 鳳山地区の歴史を見守る文化財

高雄市民で賑わう鳳山地区。

1788年に建造されたこの地区には、竹で作られた城壁の中で発展してきた歴史がある。

1804年に城門、1837年に砲台がそれぞれ6つずつ建造され、城下町は外敵から守られながら発展してきた。

澄瀾砲台は現存する3つの砲台のうちの一つ。

1988年に高雄市が歴史文化財として指定している。

澄瀾砲台
住 所:高雄市鳳山區復興街