非正規雇用があたり前の時代に途上国の開発政策は?

新しい経済形態が普通になる日は、もう既に訪れているのかもしれない。インターネットを通じて単発の仕事を受注する労働者が増え、そうした新しい経済形態を表す言葉として「ギグエコノミー」が登場して久しい。2006年に東南アジアをはじめて訪れた際、我が物顔で路上を埋め尽くすトゥクトゥクやバイクタクシーに心躍らせた記憶が懐かしい。それが今ではどうか。UBERやグラブタクシーが主流となり、ありとあらゆる手で客を呼び込もうとする路上タクシーのたまり場は少なくなった。スマホの中で客を捕まえる時代となったわけだ。

技術の発達によって生まれた新しい経済形態は歓迎すべきものだ。一方、政策を考える立場としては、新しい時代への対応に奔走しなければならない。それが今なのかもしれない。

実際、開発途上国の労働者の大多数がインフォーマル経済[1]で生計を立てている。たとえば、サブサハラアフリカ、南アジア、東南アジアでは、労働者(非農業従事者)の約7割がインフォーマル経済で生計を立てている。これに農業従事者を加えれば労働者のほとんどがカバーされることとなる。非正規雇用があたり前という状況がよくわかる。

今月、英国の開発研究機関ある海外開発研究所(ODI)が『Informal is the new normal』と題する論文を発表した[2]。非正規雇用があたり前の時代となったことで、従来の政策が対応しきれない課題があることを指摘している。

たとえば、社会保障政策を例に考えてみる。社会保障制度は伝統的に、正規雇用を前提として成り立ってきた制度だ。つまり、会社に所属している労働者が保険料を会社と折半し、政府が提供する社会保険制度に加入する。そうすることで、労働者とその家族が社会保障の傘に守られる。それがこれまでの社会保障政策の中心だった。

しかし、開発途上国ではインフォーマル経済で生計を立てる非正規労働者が大多数。先進国が築き上げてきた正規労働者によって成立する政策モデルをそのまま当てはめることは容易ではない。こうした議論の延長で、国民皆保険を中心としたユニバーサルヘルスカバレッジ、新しい社会保障制度としてのユニバーサルベーシックインカム(UBI)などがある。

ただ、私たちが忘れてはならないのは、これまでのモデルを生かすという考え方だ。既存の社会保険制度のカバレッジを非正規雇用者へ拡大するためにはどうすべきか。課題の所在はどこにあるのか。保険料が高すぎるのか。ベネフィットの魅力が足りないのか。登録制度が煩雑なのが原因か。非正規雇用者はそれぞれ異なった状況におかれており、政策・制度もまた個別の課題へ適応させていかなければならない。

経済成長真っ盛りの開発途上国の労働市場は日々刻々と変わっていく。政策サイドはどう対応すべきか。今ある政策を走らせながら良い方向へ軌道修正していく。同時に新しい仕組みも試行する。エビデンスに基づいた効果検証をする。「走りながら考える」ことがこれまで以上に求められるのは言うまでもない。

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[1] 敦賀. 2017. 開発途上国のインフォーマルセクター・経済・雇用に関する用語解説.
[2] Stuart et al. 2018. Informal is the new normal: improving the lives of workers at risk of being left behind.

アジアの雇用労働環境の現状と課題

雇用の質の改善が急務

雇用の質の改善がアジア諸国の喫緊の課題となっている。高度経済成長を続けるアジア諸国では多くの人々が貧困から脱し、中間層の仲間入りを果たしてきた。世界経済の牽引役となりつつある好調な経済状況を背景に、アジア大洋州地域では引き続き雇用創出が継続する見通し。2019年までに約2,300万人が新たに就労し、失業率は低水準(4.2%)を維持する見込み。

一方、国際労働機関(ILO)の推計[1]によれば、アジアで暮らす9億人の労働者が不安定な雇用形態(Vulnerable Employment)に甘んじている。これはアジアの就業者の約半数が「働きがいのある人間らしい仕事(Decent Work)」に就くことができない状況を意味している。

このような雇用形態で働く人々は世界に14億人おり、そのうちの9億人がアジアで暮らしている。彼らは正式な雇用契約に基づかない不利な労働条件、労働者の保護が行き届かない劣悪な環境、社会保障のカバレッジが無い状況で就労を続けている。

また、就労しているにもかかわらず一日あたり3.10ドル未満で生活する「働く貧困層(ワーキングプア)」の問題も未解決の課題である。たしかに、2007年から2017年の間に44%から23%へ改善が見られたことは、前向きな成果といえる(東南アジア大洋州に限定すれば就業者全体の20%がワーキングプア)。ただ、状況は改善傾向にあるものの依然として高い比率にあると言える。

こうした状況を踏まえれば、経済成長を追い求めるアジアの低中所得国は、雇用創出や労働供給の量的側面を見るだけではなく、雇用の質にも配慮した政策が今後ますます求められることとなる。持続可能な開発目標(SDG 8)は、「すべての人々のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワークを推進する」としており、雇用の質の改善が各国の責任となっている。

東南アジア諸国ではインフォーマル経済への対応が課題

東南アジア諸国に目を向けると、この地域特有の課題が見えてくる。それはインフォーマル経済[2]への対応であり、ジェンダーギャップであり、経済構造転換である。

東南アジア大洋州の経済成長率は引き続き高い水準(4.8%)を維持することが想定されている。堅調な経済状況を背景に雇用機会の拡大が続き、失業率も低水準に抑えられる見込み。インドネシア(4.3%)、ベトナム(2.1%)、ミャンマー(0.8%)、ラオス(0.7%)、カンボジア(0.2%)に限れば、世界の失業率(5.6%)を大きく下回る数字である。

一方、雇用の質の改善は他の地域と同様に大きな課題として残る。東南アジア大洋州の就業者の46%が不安定な雇用形態で就労している。この傾向は女性でより顕著に表れ、男性より10ポイント高い水準となっている。

同地域では経済構造転換が急速に進んでいることも特筆すべき事項である。1991年の農業就業人口は全体の57.1%だったが、2016年には30.2%まで縮小している。その一方で、第三次産業の就業人口が18.7%から34.6%まで急速に拡大した。第二次産業の就業人口は相対的に増えていないことや急速な都市化が進んでいること鑑みれば、農業からサービス業への経済構造転換が加速していると考えられる。

また、巨大なインフォーマル経済は、同地域の大きな課題として残る。インフォーマル雇用が多い第一次産業の寄与率は大きくなく、農業以外の産業でインフォーマル雇用が幅を利かせている。東南アジア諸国では、カンボジア、ミャンマー、インドネシアの就労者の75%以上がインフォーマル経済で生計を立てている。これらの労働者は正規の雇用契約を持たず、社会保障やその他の保護を受けることができない状況で就労している。

高度経済成長に沸くアジア。成長の影に光をあててみると、人々の生活が見えてくる。生活を支えるもの、それは労働であり雇用である。経済成長に目を向けるとき、私たちは人々の顔を忘れがちになる。人々の生活は、労働力という量的な尺度だけで捉えられ、一人ひとりの雇用の実態(雇用の質)が成長の影に隠れてしまってはいないだろうか。


[1] ILO. 2018. World Employment and Social Outlook: Trends 2018.
[2] 敦賀一平. 2017. 開発途上国のインフォーマルセクター・経済・雇用に関する用語解説.

開発途上国の雇用・貧困問題の現状と見通し

世界の失業者数は増加傾向

国際労働機関(ILO)が発表した推計[1]によれば、2018年の世界の失業率は5.5%へ改善する(前年比-0.1%)。これは世界経済の好調を背景に、雇用創出が堅調に推移することを見込んだ数字だ。

しかし、労働人口の増加ペースを鑑みれば、更なる雇用創出が求められる状況が浮き彫りとなってくる。2019年の失業率は同水準になると推計される一方、失業者数は1億9,200万人から更に130万人増加する見通し。特に開発途上国では雇用創出が労働力の供給ペースに追いつかないことが予想されている。

雇用の質の悪化

雇用創出が進む一方、雇用の質の低下が懸念されている。不安定な雇用形態(Vulnerable Employment)[2]で就労する労働者は全世界に約14億人(42%)おり、途上国に至っては労働者の76%、新興国では46%がこうした雇用形態で生計を立てている(2017年)。不安定な雇用形態で就労する労働者数は2012年以降減少傾向になく、2019年までに3,500万人の増加が見込まれる。

3分の2が働く貧困層

働く貧困層(ワーキングプア)の問題についても進捗は必ずしも芳しくない。新興国と開発途上国の労働者のうち3億人が極度の貧困状態(一日あたり1.90ドル未満)にあり、7.3億人が貧困状態(一日あたり3.10ドル未満)にある。新興国では働く貧困層の減少傾向が見られる。一方、開発途上国ではその減少速度が労働力の成長速度に追いつかず、絶対数では増加傾向が続くと予想される。2017年の開発途上国における働く貧困層は就業者全体の67%(1億8,600万人)にのぼる。

このように雇用統計に一定の改善傾向が見られる一方、減少しない失業者数と劣悪な環境で働く労働者の絶対数が必ずしも減少傾向に無い状況も鮮明となっている。持続可能な開発計画(SDGs)が「誰も取り残さない」を合言葉にしている以上、こうした状況は2030年までに改善しなければならない喫緊の課題と言える。

ジェンダーと高齢化と経済構造転換

女性の就業率は依然として男性をはるかに下回り、女性の仕事の質も給与も男性より低くなる傾向がある。また、開発途上国で不安定な雇用形態で就労する男性が全体の72%であるのに対し、女性は更に多い82%となっている。

高齢化の影響も大きい。今後急速に増加する退職者を補うだけの労働供給量は想定されていない。年金制度が抱える課題に加え、高齢化による生産性の低下も懸念される。

また、産業別就業構造の変化に関しては今後も農業と製造業の就業者は減少を続け、第三次産業が雇用創出の推進力となる。

 


[1] ILO. 2018. World Employment and Social Outlook: Trends 2018.
[2] 個人事業主と家族の事業に貢献する家族従業者