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ケニアの社会保障、老齢年金で70歳以上の全ての高齢者へ所得保障

ケニア初となる老齢年金プログラムが2018年1月から始まる。3月30日にケニア政府が発表した2017/18年度予算で明らかになったもので、所得水準にかかわらず、70歳以上の全ての高齢者を対象に現金給付(Universal/Social Pension)が実施されることとなる[1]。また、国民医療保険基金(National Hospital Insurance Fund: NHIF)の保険料を政府が肩代わりすることも今回の予算措置に含まれている。これによって、ケニアの高齢者は所得保障だけでなく、保健サービスへのアクセスも保障されることとなる。

事業モデルの転換

Source: Povertist Bulletin Issue 7

プログラムの詳細は明示されていないが、2007年から実施されてきたパイロット事業(Older Persons Cash Transfer: OPCT)が参考になる。OPCTでは、65歳以上の低所得者層(Poor and Vulnerable)を対象に、世帯当たり月額2,000ケニアシリング(約20ドル)の給付を実施[2]。実際の給付は、エクイティ銀行(Equity Bank)とケニア商業銀行(Kenya Commercial Bank: KCB)を通じて、2ヶ月に一度の頻度で給付される事業モデルを採用していた。

しかし、低所得者層へ限定することによって、その他の脆弱層(貧困に陥りやすい中間層など)の貧困リスクが見過ごされる課題もあった[3]。今回の老齢年金プログラムの最大のポイントは、所得水準ではなく、年齢でターゲットを絞ったことにある(カテゴリカル・ターゲティング)。最近の研究では、所得水準でターゲットを絞るミーンズ・テストやプロキシ・ミーンズテストは行政コストが極めて高く、それでいて多くの貧困層をターゲティングできていないことが明らかになってきている[4][5]

ケニア政府が選択したカテゴリカル・ターゲティングへの転換は、少数の受益者への高コストな給付モデルから、多数の受益者への低コストな給付モデルへの転換と言える。ケニア政府はパイロット事業を通じて得られたエビデンスを検討した上で事業モデルの転換を選択しており、研究成果が政策に反映される好事例となりそうだ。

受益者数と事業予算

事業モデルの転換によって、受益者数は飛躍的に向上することとなる。OPCTの受益者数は高齢者を要する20.3万世帯(2015/16年度)であったのに対し、新プログラムでは70歳以上の人口74.7万人(2015年時点)全員が給付対象となる[6]

当然、受益者数の増加に伴って事業規模も急拡大することとなる。ケニアでは老齢年金プログラムは保険料ではなく、税財源を原資とする社会扶助(Social Assistance)[7]の一環であり、いわゆる無拠出制年金。今回の予算措置は240億ケニアシリング(約260億円)となっている。これはナイロビ(140億ケニアシリング)とトゥルカナ(113億ケニアシリング)の年間予算と同じ規模の財政負担であり、事業の持続性に疑問を呈する声もある[8]

しかし、その一方で、予算規模は相対的に小さいとする見方もある[9]。給付額を2,000ケニアシリングに据え置いた場合、事業規模は対GDP比0.27%に留まる。この水準は、他国における同様の老齢年金プログラム(Universal Pension)との比較で見ても、最も低い部類に入る。また、70歳以上の国民の35%は既に何らかの形で年金給付を受けている。これらを鑑みると、ケニア政府が行う年金プログラムに対する財政支出240億ケニアシリングのうち、新たに追加支出される額は85億シリングに留まるという見方もある[10]

事業効果の波及と貧困指標への影響

老齢年金プログラムの裨益効果は高齢者に留まらない。これまでは限られた家計を消費するだけで家計に貢献することができなかった高齢者が、定期的な収入を家計にもたらすこととなる。食糧・生活必需品(Basic Needs)はもちろん、孫の教育へのアクセス、家族の保健へのアクセス、家業の運転資金の増加など、家計に間接的に与える影響は計り知れない。

また、国際機関が支援して行われたシミュレーションによれば、貧困指標の大きな改善効果が見込まれている[11]。高齢者(70歳以上)を要する世帯の貧困率[12]は16%以上、貧困ギャップ率[13]は29%以上低下することが見込まれている。

アフリカ諸国で広がる無拠出制年金の波及

アフリカ諸国で社会保障改革が波及しつつある。老齢年金に限定しても、今回のケースは東部アフリカでは2例目。昨年、70歳以上の全ての高齢者へ老齢年金給付を開始したザンジバルが最初のケースだった[14]

ザンジバルのプログラムもケニアと同様に無拠出制年金(保険料の支払いは不要)であり、全ての高齢者が月額9タンザニアシリング(約1,000円)を受給する。ザンジバルでは60歳以上の高齢者が約6万人居住しており、2005年との比較では1.1万人の増加となっている。高齢化に対応した社会保障改革の一環である。

アジアだけでなく、アフリカでも今後高齢化が進んでいくことが見込まれる。一方、多くの人々はインフォーマル経済[15]で生計を立てており、社会保険料の積み立てを行っていない。所得保障の無い高齢者はもちろん、高齢者を要する世帯への負の影響の緩和策としても、開発途上国が社会保障改革を早急に進める意義は理解できる。

このような開発途上国特有の事情もあり、保険料を財源としない無拠出制年金の導入が進んでいると考えられる。そして、高齢化が進む開発途上国において、税財源を原資とする老齢年金の導入は今後益々加速していくと考えられる。

本稿の電子データは、The Povertistが発行するオンラインジャーナル「ポバティストブリテン(Povertist Bulletin Issue 7)」よりダウンロードすることができます[16]。Povertist Bulletinは、開発途上国における開発と貧困に関する最新の議論や解説をタイムリーに発信することを目的としています。

[1] KTN. 2017. Kenya budget 2017/18 on social protection.
[2] Kenya National Social Protection Secretariat. Older Persons Cash Transfer (OPCT).
[3] HelpAge International. 2017. Kenya to launch universal pension scheme in January 2018.
[4] 敦賀一平. 2016. 現金給付(Cash Transfers).
[5] Stephen Kidd. et al. 2017. Exclusion by design: the proxy means test.
[6] John Ngirachu. 2017. Sh24bn needed for medicare, elderly.
[7] 敦賀一平. 2017. 社会扶助(Social Assistance).
[8] John Ngirachu. 2017. Sh24bn needed for medicare, elderly.
[9] Krystle Kabare. 2017. Building the Social Protection Floor for Older Persons in Kenya.
[10] Krystle Kabare. 2017. Building the Social Protection Floor for Older Persons in Kenya.
[11] Krystle Kabare. 2017. Building the Social Protection Floor for Older Persons in Kenya.
[12] 敦賀一平. 2016. 貧困率の計算方法.
[13] 敦賀一平. 2016. 貧困ギャップ率の計算方法.
[14] 敦賀一平. 2016. ザンジバルで全ての高齢者に老齢年金を給付、東部アフリカで初.
[15] 敦賀一平. 2017. インフォーマル経済の定義.
[16] 敦賀一平. 2017. ケニアにおける老齢年金とアフリカの高齢化.

ケニアの社会保障、老齢年金で70歳以上の全ての高齢者へ所得保障

ケニア初となる老齢年金プログラムが2018年1月から始まる。所得水準にかかわらず、70歳以上の全ての高齢者が年金受給対象となり、国民医療保険基金の保険料も政府が肩代わりする。

開発途上国のインフォーマルセクター・経済・雇用に関する用語解説

持続可能な開発目標(SDGs)は「誰も置き去りにしない」をスローガンに、これまで置き去りにされていた開発途上国のインフォーマル経済に脚光を当てた。

開発途上国のインフォーマルセクター・経済・雇用に関する用語解説

インフォーマルセクターからインフォーマル経済・インフォーマル雇用の時代へ

Source: Povertist Bulletin Issue 6

開発途上国の貧困と開発に関する議論において、持続可能な開発目標(SDGs)が採択された意味は極めて大きい。特に、貧困撲滅を2030年までに達成すことが最優先課題(SDG 1)として掲げられた意味は重い。スローガンである「誰も置き去りにしない(No-one left behind)」をスローガンに終わらせないための具体的な取り組みが求められている。

こうした新時代の貧困と開発に関する議論で一躍脚光を浴びているのが、非公式経済(インフォーマル経済)から公式経済(フォーマル経済)への移行である(SDG 8.3)。低中所得国の大多数の人々が非公式経済で生計を営んでいる。こうした人々は課税を回避できる一方、法が定めた労働基準や社会保障制度によって保護されない状況にある。

公式経済への移行はそれ自体が目的なのではなく、法制度に保護されず貧困リスクと隣り合わせで暮らしている人々の保護が本質である。また、マクロ経済の観点から見ても、雇用の正規化によって賃金格差を是正することで得られる経済効果は3.7兆ドル(約400兆円)[i]と試算されており、政府が公式経済への移行に取り組むメリットは大きい。このような理解の広まりもあって、昨今の開発途上国の貧困と開発に関する議論においては、必ずと言ってよいほど非公式経済に関するトピックが扱われている。

しかしながら、日本の開発援助業界の実務家の間では、このトピックに関する正しい解釈が普及していない懸念がある。たしかに、産業政策等に関する和文の報告書においては、「インフォーマルセクター」という用語は多用されており、関心の高さはうかがえる。しかし、インフォーマル経済やインフォーマル雇用などの新しい概念に関する和訳は広く普及しておらず、全て「インフォーマルセクター」の議論に置き換えて理解される傾向にある。

昨今の議論は、「インフォーマルセクター」の限界を認識し、より包括的なインフォーマル経済やインフォーマル雇用を重視する政策議論に移行しつつある。開発援助に従事する実務家にとって、これらの用語・概念を正しく理解し、アプローチや政策立案に反映することが重要と思われる。

これらを踏まえて、本稿ではまず、英語の原文を参照しつつ概念の定義・整理を行う。そのうえで、専門用語の和訳を統一することを目的とする。和訳に際しては、公的機関が発表した文書の中で広く用いられている日本語訳を採用することとする。なお、実務家の直感的な理解を深めることを目的としているため、系譜や学術的な議論は省き、誤りがない範囲で極力簡略化して解説することを目指す。

インフォーマルセクターの定義

インフォーマルセクター(INFORMAL SECTOR: 非公式部門)は、法人格のない企業を総称する用語[ii]。つまり、生産や雇用といった経済活動を行っているものの、法的な手続きを行っていない企業(活動)を指す。この場合、労働者がインフォーマルセクターに属するかどうかは、企業の法的なステータスによると解釈できる。インフォーマルセクターの概念・系譜については坂田(2014)が詳しい[iii]

インフォーマル経済の定義

インフォーマル経済(INFORMAL ECONOMY: 非公式経済)は、インフォーマルセクターだけでなく、フォーマルセクターにおけるインフォーマルな活動や雇用も含む広義の概念。つまり、法的な手続きを行っていない全ての企業、活動、労働者の雇用関係を包含する[iv]

インフォーマルセクターとインフォーマル経済の違い

インフォーマルセクターとインフォーマル経済の定義の違いは、「企業」に着目しているか「経済活動・雇用」に着目しているかの違いにある。インフォーマルセクターと言った場合には法人登記されていない企業集団を表す。一方、インフォーマル経済と言った場合、もちろん法人登記されていない企業集団も含むが、法人登記されているフォーマルセクターの企業集団で活動する非正規雇用者も含む。つまり、インフォーマルセクターは企業がインフォーマルかどうかを判断基準としているのに対し、インフォーマル経済は企業の法人格だけでなく、経済活動・雇用がインフォーマルかどうかを判断基準としている。したがって、インフォーマル経済は、インフォーマルセクターを包含する概念と捉えることができる[v]

Source: Povertist Bulletin Issue 6

インフォーマル雇用の定義と構成

上述のように、現在の開発途上国の貧困と開発に関する議論では、企業に着目するインフォーマルセクターという考え方から、雇用に着目するインフォーマル経済という捉え方が主流になってきている。そこで重要なのは、インフォーマル経済で活動する労働者の雇用形態の分類である。ここでは、どのような雇用形態がいわゆる「インフォーマル雇用」に含まれると考えられているのかを整理していく[vi]

インフォーマル雇用(INFORMAL EMPLOYMENT)は、法制度や社会保障制度によって保護されない雇用形態。職場がインフォーマルセクターに属する企業であるかは問わず、あくまでも雇用形態が法制度と社会保障制度の適応対象となっているかどうかが焦点である[vii]。また、「Informal Employment」の和訳は統一されておらず、ILOや厚生労働省は、「非公式な雇用[viii]」、「インフォーマル雇用[ix][x]」、「インフォーマルな就業形態[xi]」と和訳している。ここでは和訳を「インフォーマル雇用」で統一する。インフォーマル雇用は、収入源に応じて2つのグループに分けることができ、さらに雇用形態に応じてサブカテゴリに分類できる。

インフォーマル雇用 インフォーマル個人事業主 インフォーマル企業の個人事業主(従業員あり)
インフォーマル企業の個人事業主(従業員なし)
無償の家族労働者・家業手伝い
インフォーマル生産者共同組合員
インフォーマル賃金労働者 インフォーマル企業の従業員
季節労働者・日雇労働者
臨時労働者・パートタイム労働者
家事労働者
未登録労働者
在宅就業者

インフォーマル個人事業主

インフォーマル個人事業主(INFORMAL SELF-EMPLOYMENT)は、収入源が労働の対価(賃金)ではなく、自らが事業主となって稼いだ利益であるグループ。インフォーマル個人事業主は雇用形態によって、以下の4つのグループに分けられる。

インフォーマル企業の個人事業主(従業員あり)

インフォーマル企業の個人事業主(EMPLOYERS IN INFORMAL ENTERPRISES)は、インフォーマル企業の自営業者。従業員を雇用している雇用主。開発途上国では、中小企業(Small and Medium Enterprises: SMEs)よりも更に小規模のマイクロ企業(Micro Enterprises)がインフォーマル経済の大部分を形成していることも多い。そのような極めて小規模の企業を経営する個人事業主は、自分自身ですら社会保障制度の適応対象とすることができていない状況にある。

インフォーマル企業の個人事業主(従業員なし)

インフォーマル企業の個人事業主(OWN ACCOUNT WORKERS IN INFORMAL ENTERPRISES)は、従業員を雇用していない個人事業主であり、自らが労働者となる自己採算労働者[xii]。経営者であり、同時に労働者でもあることが特徴。

無償の家族労働者・家業手伝い

無償の家族労働者・家業手伝い(CONTRIBUTING FAMILY WORKERS)は、家業に従事し、無償で労働力を提供する労働者。寄与的家族従業者とも呼ばれる[xiii]。開発途上国では、家族が家業手伝いとして業務に従事するケースが多い。労働者はあくまで家族であり、従業員とみなされず、実質的に無償で労働に従事することが常態化している。したがって、社会保障をはじめとする労働者の権利は付与されないことが多い。

インフォーマル生産者共同組合員

インフォーマル生産者共同組合員(MEMBERS OF INFORMAL PRODUCERS’ COOPERATIVES)は社会主義国において用いられる分類で、資本主義国では一般的ではない分類[xiv]

インフォーマル賃金労働者

インフォーマル賃金労働者(INFORMAL WAGE EMPLOYMENT)は、企業から賃金収入を得る労働者のうち、労働法や社会保障制度による保護されない労働者。勤め先の企業がフォーマル企業かインフォーマル企業かは問わない。フォーマル企業に勤める賃金労働者であっても、社会保険料を(企業と共同で)支払っていない場合はインフォーマル賃金労働者となる。また、社会保障カバレッジの無い家事労働者(有給)もこのカテゴリに含まれる。

インフォーマル企業の従業員

インフォーマル企業の従業員(EMPLOYEES OF INFORMAL ENTERPRISES)は、法的な手続きを行わず、法人格を持たない企業(インフォーマル企業)に勤務する労働者。勤め先の企業が行政に認識されていないため、労働法や社会保障制度による保護の対象外となることが多い。

季節労働者・日雇労働者

季節労働者・日雇労働者(CASUAL OR DAY LABOURERS)は、雇用主の必要性に応じて稼働期間が変動する雇用形態の下で働く労働者。特定の雇用主の下で長期間労働に従事しない臨時雇用労働者である。雇用主や労働現場が頻繁に変わるため、開発途上国の低い行政能力では、雇用関係や社会保険料の納付履歴を把握しきれないことが課題となることが多い。また、労働現場が都市部から離れていることや、休暇制度が整備されていないことなどが原因で、都市部へ出向いて社会保障関連手続きを行うことが難しいケースも散見される。特に、土木・建設業に多い就労形態。

臨時労働者・パートタイム労働者

臨時労働者・パートタイム労働者(TEMPORARY OR PART-TIME WORKERS)は、一定期間に決められた時間・日数だけ業務に従事する労働者。社会保険制度が整備されている国の場合、業務日数が一定期間を超えると、企業側に社会保険料の共同負担義務が発生することが多い。したがって、企業側はフルタイム労働者ではなく、パートタイム労働者を複数雇用することで支払い義務を逃れることが常態化している。

家事労働者

家事労働者(PAID DOMESTIC WORKERS)は、家事労働の対価として賃金を受け取る労働者。家族による無償の家事労働ではなく、他人の私宅で掃除・洗濯・料理等に従事する労働者のこと。職場が私宅であることから、労働環境や実態の把握が困難である。プライバシーの問題もあり、労働基準監督官が私宅へ立ち入るための法的根拠については議論の争点となることが多い。また、家事労働者は同時に複数の雇用主の下で就労することが多いため、同一雇用主の下で一定期間就労することを条件に社会保険料の共同負担義務を規定している場合は、家事労働者が社会保障制度の適用外となることが多い。

未登録労働者

未登録労働者(UNREGISTERED OR UNDECLARED WORKERS)は、労働に従事している実態があるものの届け出がされていないその他の労働者。行政機関が労働実態を把握できず、労働基準監督の実施や社会保障の適用もされない。

在宅就業者

在宅就業者(INDUSTRIAL OUTWORKERS OR HOMEWORKERS)は、工場や企業の仕事を現場以外(自宅等)で行う労働者[xv]。就労場所が特定できないことから、労働環境を把握しにくく、労働基準監督官の目も届きにくい。また、複数の雇用主の下で就労することも多く、同一雇用主の下で一定期間就労することを条件に社会保険料の共同負担義務を規定している場合は、在宅就業者が社会保障制度の適用外となることも多い。

インフォーマル雇用の国際的な解釈と日本の解釈の違い

インフォーマル雇用に対する国際的な解釈と日本国内における解釈には、定義によって差異が生じることがある。日本語で非正規雇用と言った場合、フルタイム就労をしていない労働者の就労形態を指す。一方、国際的なインフォーマル雇用に関する解釈は、法で定められた労働基準や社会保障制度の適用外にある労働者の就労形態を指す。つまり、日本国内においてパートタイムで雇用されている労働者は、労働基準や社会保障制度が適用されていればフォーマル雇用とみなされることとなる。この差異は、終身雇用が一般的な日本の雇用慣習と、期限付き契約が一般的な国際的な雇用慣習の違いによるところが大きい。このように、日本と他国のインフォーマル雇用の定義には差異があるため、国際統計比較を行う際には雇用慣習と定義の違いに注意する必要がある。

本稿の電子データは、The Povertistが発行するオンラインジャーナル「ポバティストブリテン(Povertist Bulletin Issue 6)」よりダウンロードすることができます[xvi]。Povertist Bulletinは、開発途上国における開発と貧困に関する最新の議論や解説をタイムリーに発信することを目的としています。

[i] ILO. 2015. World Employment and Social Outlook: The Changing Nature of Jobs.
[ii] ILO. 1993. Report of the Fifteenth International Conference of Labour Statisticians.
[iii] 坂田正三. 2014. インフォーマルセクター研究の系譜とベトナムの現状.
[iv] ILO. 2003. Report of the Seventeenth International Conference of Labour Statisticians.
[v] Chen, M.A. 2012. The Informal Economy: Definitions, Theories and Policies.
[vi] インフォーマル雇用の構成要素や分類は、Chen 2012を参照している(Chen, M.A. 2012. The Informal Economy: Definitions, Theories and Policies.)。
[vii] ILO. 2003. Report of the Seventeenth International Conference of Labour Statisticians.
[viii] ILO. 2015. 非公式な経済から公式な経済への移行に関する勧告.
[ix] ILO. 2011. アジア太平洋地域におけるディーセント・ワークを伴う持続可能な未来の構築.
[x] ILO. 2016. グローバル経済のためのルール.
[xi] 厚生労働省. 2014. 海外情勢報告.
[xii] 総務省はOWN ACCOUNT WORKERSを「従業員を雇用していない個人事業主」と和訳している(総務省. 2015. 統計調査における労働者の区分等に関するガイドライン.)。一方、統計局は「自己採算労働者」と和訳している(統計局. 2016. 従業上の地位に関する国際分類の見直し状況について.)。
[xiii] 統計局はCONTRIBUTING FAMILY WORKERSを「寄与的家族従業者(統計局. 2016. 従業上の地位に関する国際分類の見直し状況について.)」、「補助的家族従業者(統計局. 2015. 労働力調査における諸定義の発展と調査の変遷.)」と和訳している。
[xiv] 統計局. 2016. 従業上の地位に関する国際分類の見直し状況について.
[xv] 厚生労働省はHOMEWORKERSを「在宅就業者」と和訳している(厚生労働省. HOME WORKERS WEB.)。
[xvi] 敦賀一平. 2017. 開発途上国のインフォーマルセクター・経済・雇用の用語解説.

スイスの秘密の郵便

スイスに住んでみるとふとした瞬間に感動を覚えることがある。それは他の誰も気付かない些細なものかもしれない。

スイスの秘密の郵便

スイスに住んでみるとふとした瞬間に感動を覚えることがある。それは他の誰も気付かない些細なものかもしれない。

その土地に住んでみてはじめてわかる小さな発見。旅の途中に立ち寄るだけでは気付かない、些細な発見に心打たれる瞬間がある。

そんな小さな小さな日常の驚きが、旅人をその地に住もうと誘い込む。他人にはわからない、自分だけの些細な感動が記憶の1ページとなる。

スイスに住んでみると、洗練されたサービス産業にいつも感動を覚える。時間の正確さ、対応の丁寧さは日本と比較しても引けをとらない。

郵便物がしっかり届く。それだけでも感動を覚える旅人も多いだろう。日本を除けば、郵便が丁寧かつ迅速に手元に届くことは稀である。だが、それだけではない。

ふと郵便受けを開けたとき、真っ白な表紙が目に飛び込む。手に取ってみても宛名が正しいこと以外はわからない。丁寧に包まれた封筒を開けてはじめて中身がわかる。

何のことはない。無料の雑誌が送られてきただけである。それにもかかわらず、表紙が見えないように真っ新な白紙が一枚。

スイス銀行に代表されるように、スイスでは顧客のプライバシーを最大限に守る文化が根付いている。そんな心意気が感じられる郵便。

秘密の手紙は今日も郵便受けに届いている。

インドネシアの社会保障改革、国民健康保険に中間層を取り込めるか?

新社会保障機関(BPJS)はインフォーマル経済をターゲットに

インドネシア政府は2014年、大規模な社会保障改革を実施した。以前は4つの異なる省庁が5つの社会保障プログラムを別々に運用していたが、これらを一つの政府機関に一元化する抜本的な改革。こうして誕生したのが、社会保障機関(Badan Penyelenggara Jaminan Sosial: BPJS)である[1]

インドネシアの社会保障政策における最大の課題は、巨大なインフォーマル経済へいかにしてカバレッジを拡大するかにある。一般的に、開発途上国における社会保障政策は貧困削減を目的としているものが多い。貧困削減をうたっていれば耳障りは良いが、貧困を脱出した世帯に対する支援枠組みが無いことに問題がある[2]。つまり、中所得層は低所得層に陥るリスクが極めて高いにもかかわらず、低所得層に舞い戻るまで支援が開始されないというのが多くの開発途上国における現状だ。

インドネシアの場合も同様で、貧困層や企業勤めの正規社員に対する社会保障プログラムは存在したが、中所得層を積極的に取り込むことを目的とした制度はなかった。異なる省庁がそれぞれの担当分野に属する人々を対象として支援してきたため、多くの中間層が取り残されてきたわけである。

こうした課題に対応するために、BPJSは設立された。特に、中間層の多くが生計を立てるインフォーマル経済へ社会保障カバレッジを拡大することが至上命題となっている。

国民健康保険(JKN)の課題は保険料ではない

BPJSが最も注力しているのが国民健康保険(Jaminan Kesehatan Nasional: JKN)[3]である。低所得層への手厚い保護はもちろん、健康保険のカバレッジが無いインフォーマル経済で生計を立てる中間層の任意加入を促進することを狙っている。

JKNは低コストで充実したサービスを提供している。しかし、非正規労働者の多くは加入を躊躇っているようだ。なぜだろうか。単純に思い浮かぶのは、保険料率をさげればよいということ。しかし、インドネシアの国民健康保険の拡充には、どうやら保険料率以外の要素が大きいようだ。

非正規労働者の400世帯を対象に行った調査結果がある[4]。これによれば、70%の世帯が新しく導入された保険料率での加入を望んでいるが、実際には18.7%の世帯しか保険に加入していなかった。そして未加入の最大の要因は保険料ではなかった。

非正規労働者がJKNへ加入するための2つの障害が指摘されている。まず、保健システム側の問題。物理的に利用可能な保健サービスが少ないため、健康保険に加入しても治療を受けるのが難しい。たしかにそれでは保険に加入するメリットはないに等しい。次に、保険に関する理解が不十分であること。まだまだ保険制度は新しい試みで、メリットやコストに関する理解が広がっていないようだ。


[1] 鈴木久子. 2014. インドネシアの公的医療保険制度改革の動向.
[2] 敦賀一平. 2016. アジアの社会保障の課題は、貧困を脱した中間層がカバーされていないこと.
[3] 国家医療保険と訳されることもある。
[4] Dartanto et al. 2016. Participation of Informal Sector Workers in Indonesia’s National Health Insurance System.

インドネシアの社会保障改革、国民健康保険に中間層を取り込めるか?

インドネシア政府は2014年、大規模な社会保障改革を実施した。社会保障機関(Badan Penyelenggara Jaminan Sosial: BPJS)で、最も注力しているのが国民健康保険(Jaminan Kesehatan Nasional: JKN)。