ミャンマーの貧困分析をエクセルでやってみた
ミャンマーの経済・社会・貧困状況をエクセルで簡単に分析してみた
今回は、経済成長著しいミャンマーの貧困分析。開発援助に携わる実務家にとっては、一度はやったことがある作業かもしれない。最近では、JICA職員にも担当国の経済・社会・貧困状況を分析し、エビデンスに基づいた援助戦略の検討と立案が求められている。
軍事政権が情報統制を行っていた影響から、ミャンマーについてはあまり多くのデータやレポートが公開されていない。今回は限られた公開データの中で可能な範囲で分析を行うことを目標とする。
なお、貧困分析で用いられる基本的な知識については、「貧困の定義と計測方法」で簡単にまとめているので参照いただきたい。
貧困分析に用いるデータ
今回使うのは世界銀行のホームページからダウンロードすることができるデータベースとUNDPが実施した調査報告書。1つ目は、開発途上国の実務に携わる人にはおなじみのWDIだ。マクロ経済指標を中心にデータがまとめられていて使いやすい。これらのデータをエクセルにまとめ、視覚的にもわかりやすくしたうえで分析してみたい。2つ目は、通常であればPovcalNetを使いたい。ここでは、世帯調査で得られたデータ(平均)をダウンロードできる。タイトルから明らかなように、貧困(貧困率・貧困ギャップ、二乗貧困ギャップなど)、消費、不平等に関するデータが含まれている。世界銀行が毎年公表する貧困指標の元データだ。しかし、残念なことに、ミャンマーに関しては、世界銀行が世帯調査を実施しておらず、PovcalNetだけでなく、WDIからも貧困指標を得ることができない。そこで唯一利用可能なデータが、UNDPが実施した世帯調査「Integrated Household Living Conditions Survey in Myanmar (2009-10)」だ。そして、この調査結果を用い、貧困プロファイルが公開されている。PovcalNetが使えないため、今回は貧困プロファイルで得られる情報を元に分析してみたい。
マクロ経済は好調
マクロ経済指標は、WDIから取得することが多い。しかし、WDIには2005年から2010年のデータが無い。そのため、グラフにすると「抜け」が生じるが、その後の推移を見れば大きな傾向はつかめると思う。
1990年台には、高いインフレ率と低成長にあったミャンマーだが、ここ数年間の経済成長は目を見張るものがある。グラフを読み解く際に一点だけ留意いただきたいのが、現地通貨建てであること。WDIにはドル建ての経済指標が無く(為替データの取得が困難なためと思われる)、現地通貨(MMK)建てのグラフとなっている。
また、世界銀行の別の報告書では国際通貨基金(IMF)による推計値を参照し、同様の経済成長トレンドを示している。民政移管後の実質GDP成長率は7-8%と高い水準を維持している。
貧困指標は改善傾向
貧困率、貧困ギャップ、二乗貧困ギャップは改善
統計データの制約から、ミャンマーの貧困指標は2005年と2010年の2時点でしかデータを得ることができない。この期間のみを見れば、大幅な改善傾向にあるといえる。2005年から2010年にかけて、貧困率(P0)は32.1%から25.6%まで改善した。ここで使われている貧困ラインはMMK162,136とMMK376,151で、現地通貨建てで物価調整されている。
貧困ギャップ(P1)、二乗貧困ギャップ(P2)についても、同様に改善傾向にある。貧困率だけでなく、貧困ギャップも改善していることから、貧困層全体の経済水準の底上げが達成されたと捉えてよい。また、貧困二乗ギャップも改善していることから、貧困層間の経済的格差も縮小傾向にある。貧困指標すべてで改善傾向が表れていることから、ミャンマーの貧困世帯の経済状況は改善傾向にあると考えてよいだろう。貧困ラインより更に低く設定されている食糧貧困ラインを基準にしても、改善傾向を見ることができる。
農村の貧困と都市の貧困、農村部に貧困層は集中
次に、地域別に貧困指標を見る。総じて、地域別の貧困指標も改善傾向に変わりはない。多くの開発途上国と同様に、ミャンマーでも農村部に貧困層が集中し、都市部の貧困率が低いことがわかる。2010年の貧困率は全国で25.6%。地域別にみると、農村部で29.2%、都市部で15.7%となっている。トレンドは下降傾向にあるが、都市と農村の経済格差が大きいことがポイントだ。
不平等は僅かに改善
不平等を表すジニ係数やローレンツ曲線を使った分析ができないために確定的な判断は難しい。ただ、下位20%の消費支出のシェアが微増していることから、若干ではあるが、貧困層の経済水準が相対的にも改善されていると捉えることができる。
経済成長パターン分析、成長発生曲線(Growth Incidence Curve)
成長発生曲線(Growth Incidence Curve: GIC)を描いてみると、消費支出の伸びがどの所得階層で発生しているのかを分析することができる。GICは、縦軸に消費・所得の年平均成長率、横軸は所得順に世帯を並べたもの。つまり、どの所得階層が最も成長したかがわかる。経済成長パターンが、富裕層に有利なのか、低所得者層に有利なのかが一目瞭然となるわけだ。
総論としては、貧困層で高い消費の伸びが見られる一方、富裕層ではマイナス成長となっている。経済成長パターンがボトムアップとなっており、貧困削減と不平等の是正に寄与したと考えることができそうだ。
経済構造と雇用
経済構造と雇用の関係について検証していく。産業別GDP貢献度に関するデータはWDIで取得が可能だが、1996年から2004年までのデータしかない。これに世界銀行の別の報告書から2010年のデータを加えると、以下のようなグラフが出来上がる。これを見ると、農業セクターがシェアを落とし(60%→37%)、鉱工業(10%→26%)およびサービス産業(29%→37%)が経済の牽引役として成長してきていることが伺える。
労働者の産業別分布を見ても、明らかな経済構造転換が見られる。1990年には労働者の70%が農業従事者だったが、2010年には52%となっている。一方、サービス産業に従事する労働者の割合は21%から37%まで伸びており、ミャンマー経済は、第一次産業から第三次産業への転換期にあると考えられる。
まとめ
ミャンマーは特に民生移行後、急速な経済成長を遂げている。また、昨今の外国企業の進出を踏まえれば、2016年現在の経済規模は更に大きくなっていると考えられ、個人所得の増加もそれに伴い改善傾向にあると想定される。
このように、ミャンマーは大きな転換期にある。したがって、今回の分析結果は、データの制約によってかなり時代遅れのものとなっているかもしれない。最新のデータ収集が進んでいるようなので、新たな貧困分析が近々行われることが期待される。
経済成長に取り残された人々がどこにいるのか。精緻な分析に基づいた政策づくりが望まれる。