携わっている仕事について書きます。

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スウェットショップが開発途上国の貧困削減に寄与?

労働者を搾取して生産された衣類を買うことで貧困削減に貢献する?

大手アパレル企業が開発途上国のスウェットショップ(Sweatshop)を通じて利益を上げていると批判される一方、スウェットショップを擁護する人々も多い。スウェットショップとは、劣悪な環境・条件で労働者を働かせ、貧困層を搾取する工場のこと。

2月24日、英国のシンクタンクであるアダム・スミス研究所(The Adam Smith Institute)がスウェットショップを正当化するビデオを公開し、大きな波紋を呼んでいる。ジョアン・ノーバーグ(Johan Norberg)は、「私たちがスウェットショップで作られた衣類を買うことで、開発途上国の貧困削減に寄与することができる」と主張する。

アパレル産業の集積地として注目を集めているバングラデシュやカンボジアで劇的な貧困削減が進んだことを引き合いに、同氏はこの主張を正当化している。一方、投稿された記事のコメント欄には多くの批判が寄せられている。

ディーセント・ワークの推進と取り組みが開発途上国の課題

ジョアン・バーグ氏の主張は、ある意味で正しいが、いくつかの欠陥がある。

たしかに、発展段階を考えたとき、経済の発展を通じて賃金上昇が起こるものであり、開発途上国において低賃金であることは当然のことだ。だからこそ、「現時点で低賃金であることのみを取り上げてスウェットショップを批判するのは妥当ではなく、不買運動をすることで低所得者層を対象とした雇用創出を阻害することになる」という主張はある意味で合理的な回答かもしれない。

しかし、「スウェットショップがカンボジアの貧困削減に貢献した」とする主張にエビデンスはない。コメント欄でThe Povertistの記事も引用されているが、カンボジアの貧困削減に最も寄与したのは、農村部における所得改善であり、アパレル産業が貧困の半減に寄与したとする主張は説得力に欠ける。

何が貧困を半減させたのか?

世界銀行の推計によると、米の価格上昇(24%)、米の生産性上昇(23%)、農村部の賃金上昇(16%)、農業以外の収入(19%)、都市部の賃金上昇(4%)が影響しているとのこと。米の価格は37.1%上昇し、これが農民の収入を向上させ、生産を増加させるモチベーションにつながったとの分析だ。

また、そもそも劣悪な労働環境と契約条件で大きな利益を上げる外国企業を肯定している点にも批判が集まっている。国際労働機関(ILO)が提唱する働きがいのある人間らしい仕事(Decent Work)や持続可能な開発目標(SDGs)の目標8にあるとおり、労働環境の改善はすべての国における喫緊の課題として国際的に合意されている。

貧困層を対象とした雇用の創出だけでなく、労働環境や労働条件の改善も同時に推進することが、開発途上国に課せられた課題であることに疑いの余地はない。


参考記事

UNDPとJICAの予算と職員数の比較が面白い

予算規模はJICAの方がUNDPより大きい

国連の開発援助の中枢を担っているのが国連開発計画(UNDP)。日本の開発援助を担っているのが国際協力機構(JICA)。ここまでは多くの方がご存知のことだろう。しかし、組織体系や活動がどう異なるのか考えてみたことはあるだろうか。今回は予算と職員数の観点から、多国間援助(マルチ)と二国間援助(バイ)を担う両組織の特性に迫ってみたい。

まずは予算規模。「国連のほうが日本より多額の援助をしている」と漠然と思ってはいないだろうか。実は、年間予算を見ると、JICAが1兆円に対し、UNDPは4,500億円。JICAのほうが2倍以上の予算を運用していることになる。この違いは主に、JICAが資金協力と技術協力を行っているのに対し、UNDPは技術協力のみを実施していることによるものだ。

JICAの事業予算の内訳を見れば一目瞭然で、円借款:技術協力:無償資金協力=7,500億円:1,800億円:1,200億円と、円借款の事業規模が大きく、その大半はインフラ事業へ融資される。円借款は開発途上国への貸付であり、返済が前提となっている。そのため、無償で提供される資金協力や技術協力と比べて、大きな事業規模で支援を行うことができる。これにより、予算規模だけで見れば、JICAの方がUNDPを圧倒しているわけだ。

気を付けたいのは、予算の多少は事業の優劣に直結しないことだ。UNDPが技術協力に注力し、JICAが資金協力を軸に技術協力も併用しているといった特性について、むしろ注目いただきたいところだ。

職員の数はUNDPの方がJICAより多い

職員の数はどうだろうか。JICA:UNDP=1,800人:7,500人と、UNDPの方が多くの職員を抱えている。一方、契約ベースの専門家の数を見ると、9,000人:2,600人と、JICAの方が圧倒的に多い。JICAが少数の職員で事業展開の実施や方向性の決定を行い、各分野のスペシャリストは契約ベースで調達している点に特徴があり、UNDPはスペシャリストまで内部人材として確保している点に特徴がある。

職員一人当たりの予算規模は単純計算で、5.6億円: 0.6億円。私の経験からしても、JICAは新人職員が数十億~数百億円規模の事業管理を担当することも多い。国際機関や開発途上国の政府関係者と面会する際も、相手が自分よりも数十歳上の人であることがほとんどで、新人が大臣室でケニアの保健政策について大臣と直接議論する場面もしばしばある。若手職員の裁量や権限の大きさは、JICAが圧倒的に大きく、多額の予算を扱うことが多い。

予算規模と職員の数の違いから考える得意分野の違い

予算規模の違いは事業の違いにも表れる。インフラ事業の場合、案件あたりの予算額は大きくなる。一方、予算規模の小さい技術協力でも、調整や手続きにかかる業務量は同程度であることが多い。一概には言えないが感覚的には、案件あたりの事業規模を大きくすれば、予算総額は大きくなる一方、案件計画から実施までの「手間」はさほど変わらない。

JICAが少人数で大きな予算規模を運用できているのはインフラ事業を主軸としているためであり、技術協力を増やそうとすればもっと多くの職員が必要となるだろう。

このように、予算規模と職員数からマルチとバイの比較をしてみると、それぞれの強味が見えてくるかもしれない。

※この記事は1月15日に開催された開発フォーラム二瓶直樹氏による発表を参考に、執筆者の見解を加えて再構成しています。内容の責任は執筆者にあります。

社会保障 × ICT で開発途上国の貧困問題に立ち向かう

一見すると、ICTと社会保障は無縁のように思うかもしれません。しかし、開発途上国で社会保障制度を運用するために、ICTは欠かせないツールとなっています。

前回の記事

公共財政管理の3つの柱

前回の記事で、「公共財政管理(Public Finance Management: PFM)が開発途上国を変える」と書いた。ここでは、公共財政管理のポイントをご紹介したい。公共財政管理とは、公共部門の財政計画、予算編成、予算執行、経理・調達、会計報告、監査の一連の流れを管理すること。

公共財政管理には3つの柱(財政規律、資源の戦略的配分、効率的なサービスデリバリー)があり、各ステージで適切な管理を実現できるかがポイントとなる。

財政規律

実力以上の歳入を求めると歳入計画が甘くなり、財政支出が膨らむ。結果的に財政赤字が発生することとなる。例えば、一時的な資源価格の上昇によって、中期的な歳入計画を見誤ってはいけないということだ。また、選挙間近に人気取りのために補正予算を連発するようなことがあれば、財政規律が保たれているとは言えないだろう。

資源の戦略的配分

開発途上国では、少ない元手をいかに効率的に投資するかが重要となる。つまり、中長期的な開発計画に基づいた資源の戦略的配分が重要なポイントとなる。こうした認識を共有する国においては、中期支出枠組み(Medium-Term Expenditure Framework: MTEF)と呼ばれる中期計画を策定しているところもある。MTEFで決められた重点分野へ予算が重点的に配分されているかモニタリングすることが大切だ。

効率的なサービスデリバリー

経理・調達は適切かつ迅速に進んでいるか。効率的に運用されていないとすれば、どこに原因があるか。

公共財政管理の流れを把握するための7つのポイント

公共財政管理のコンセプトである三本柱をご紹介したが、実務家にとっては実務の流れを把握することはより重要となる。具体的には次の流れを把握しておきたい。

予算編成プロセス

まず、予算編成のプロセスを把握する必要がある。担当する国の会計年度は、何月から何月だろうか。また、内閣、議会、省庁、実施機関の予算策定に関する作業日程はどのようになっているだろうか。最終的に予算が確定し、実施機関へ予算配賦されるのはいつだろうか。1年の大まかな流れを把握しておきたい。

予算編成の作業日程

大枠を把握したら、もう少し細かくスケジュールを確認しておきたい。次年度予算の検討を開始してから議会の承認まで、だいたい8ヶ月程度を要するところが多いようだ。当然、予算編成の作業日程は国ごとで異なるため、以下の日程はあくまで参考として考えてほしい。

マクロ経済状況を分析。今後の経済状況の予測を行い、歳入の予測を行う。それに基づき、各セクターで使うことができる予算の上限を内閣が承認する。その後、各省庁で予算計画を作成し、概算要求に基づいて財務省が査定を行う。最終的には議会が承認することで、次年度予算が確定することとなる。

  • 8ヶ月前 マクロ経済枠組み策定
  • 7ヶ月前 セクター別予算上限確定、内閣が予算方針とシーリングの承認
  • 6ヶ月前 予算編成開始
  • 5ヶ月前 執行省庁 概算要求提出
  • 4ヶ月前 財務省による査定
  • 2ヶ月前 政府予算化案策定 議会へ提出
  • 0ヶ月前 予算が議会で承認

予算編成手法

予算編成のアプローチは大きく分けて2通りある。インプット・コントロールは、予算を項目ごとに積み上げで合計を予算計上する手法で、日本が採用している。歳出項目を積算することから項目予算とも呼ばれる。一方、アウトプットコントロールは、成果に応じて予算配賦するアプローチで、アメリカが採用している。業績予算とも呼ばれる。

中期支出枠組み(Medium-Term Expenditure Framework: MTEF)

国家開発計画の中期的な支出計画。3~5年ごとに進捗や予算執行状況を見直すことで、国家戦略に基づいた事業展開がされているかモニタリングすることを目的としている。内部・外部環境によってマクロ経済や歳入は常に変動するため、多年度にわたる中期的な見通しを立てたうえで見直していくことが重要。また、行き当たりばったりの予算計画ではなく、国家戦略に基づく予算配賦がなされているかを確認する目安ともなる。ただし、単年度予算の策定を代替するものではなく、あくまで目安。各年度の予算はMTEFの有無にかかわらず議会承認を必要とするのが一般的。

国庫管理(Treasury)

国庫管理は、現預金の管理(政府公金口座の管理)、資金配賦、債務管理からなる実際のお金の管理のこと。

予算執行サイクル

歳出権限、支出権限、支出負担行為、債務認識、支出など、予算執行の一連の流れを把握することが重要。個別案件の実施に際し、予算の未達が原因で事業が滞る場合は、どこで予算執行サイクルが目詰まりを起こしているのかを検証する必要がある。

監査

コンプライアンス監査、財務監査、業績監査など。内部監査と外部監査がそれぞれ牽制機能を果たしているか確認したい。

公共財政管理の実務への応用

PFMの視点は、大きく2つある。プロジェクト実施中のリスクにどう対処すべきか。実施中の案件のボトルネック(阻害要因)のうち、PFMが原因となっているものがないか確認する。この2点に合致する場合、予算計画から執行までの一連の流れの中で、どこで目詰まりを起こしているのかを検討する必要がある。

PFMのサイクルにおいて、問題の所在はどこにあり、どのような対処が可能なのかを考えることが重要。開発途上国政府のサイクルの中で、プロジェクトの業務フローがどこに位置付けられるか考えることが、問題解決の第一歩となる。

また、各国の弱みを把握するための便利なツールがある。世界銀行が開発したPFM診断ツール(Public Expenditure and Financial Accountability: PEFA)を使えば、国ごとのスコアを見ることができる。公共財政管理のサイクル項目ごとにスコア付けされており、ボトルネックがよくわかる。サイクルのどの部分で目詰まりを起こしやすいか、クセをあらかじめ把握しておくために効果的だ。

JICAの技術協力プロジェクトでは、全国展開の前に小規模なパイロット事業を行うことが多い。PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を通じて、問題の所在の確認と改善を繰り返すことで、目詰まりの起きない事業モデルが完成する。こうした地道な確認作業を経て、全国展開することが多い。

パイロット事業がうまく回るかPDCAサイクルで試行錯誤しながらモデルを作り上げる作業は、公共財政管理の実務への応用として良い例だろう。

※この記事は、2月10日に開催されたワシントンDC開発フォーラムで議論された内容をまとめたもので、文責は著者にあります。

ワシントンDC開発フォーラム

開発途上国の援助に携わる日本人関係者からよく聞く「ボヤキ」がある。「途上国政府が予算を確保すると約束したのに、パイロット案件が終わる頃になって予算がないと言われた。」小規模にテストケースとして実施していた事業が終わり、「よし、これから全国展開」というときに、開発途上国政府が予算を確保していない。こんな経験はないだろうか。梯子を外されたと怒る職員や専門家を幾度となく目にしてきた。

立ち止まって考えてほしい。公共財政管理を頭の隅において事業を実施してきたか?開発途上国の予算年度を意識した事業計画を行ってきたか?予算が確保されない原因を調査したか?

例えば、農業分野の取り組みは農業省をカウンターパートとしてやっていればよかった。しかし、公共財政管理を考慮せずに案件計画を行うと、プロジェクトの持続性が担保されない冒頭の状況に直面することとなる。

開発途上国の政府にとっては、農業へ投資をするか、教育へ投資をするかは、財源をどちらへ振り向けることが効果的なのかが焦点となる。一方、パイロット案件の専門家は、自分の案件を第一に考える。ここに意識のズレがある。担当案件をスケールアップして欲しいことはよくわかるが、政府にとっては他のセクターや案件との横並びで予算配分を考えることが重要なのは言うまでもない。

今、公共財政管理(Public Financial Management: PFM)に注目が集まっている。開発途上国の援助のプロフェッショナルには、公共部門全体を俯瞰し、財政計画から会計報告までの流れを大まかに把握しておくことが求められている。それぞれの開発途上国の公共部門に合わせた予算規模と業務フローで事業を計画し、実施・モニタリングしていくことの重要性が認識されつつある。

次回は、2月10日に開催されたワシントンDC開発フォーラムで議論された公共財政管理のポイントを振り返ることとしたい。

英インディペンデント紙

によれば、スイスが月額2,500フラン(約30万円)の給付を全国民(成人)に対して行うことを検討していると報じた。

ベーシック・インカム(Basic Income)と呼ばれる社会保障制度の一環で、老若男女、働いているか否かを問わず、全国民に最低限の所得を補償するものだ。

フィンランドが同様の制度の導入を検討していると報じられたが、実際に国民投票を実施するのはスイスが初となる。2016年6月に実施される国民投票には世界中の注目が集まる。

また、成人に対するベーシック・インカムとは別に、子供一人当たり月額625フラン(約7万円)の子供給付制度の導入も検討されているようだ。

予算規模は年間2,080億スイスフラン(約25兆円)で、税金のほか、社会保険(Social Insurance)や公的扶助(Social Assistance)に充てられている予算を組み替えて捻出される見込み。

ヨーロッパ諸国でベーシック・インカムの検討が進んでおり、どの程度成果が表れるか、注目が集まる。これから社会保障制度整備をはじめる開発途上国にとって、新しい先例ができることになるかもしれない。

GLOBAL GO TO THINK TANK INDEX REPORTS

ペンシルベニア大学が毎年発表している世界のシンクタンクランキングが今年も発表された(GLOBAL GO TO THINK TANK INDEX REPORTS)。総合ランキングのトップはブルッキングス研究所で、国際開発分野のトップも同研究所だった。

注目すべきは、韓国開発研究院(KDI)の躍進だ。昨年は13位だったが、今年はチャタムハウスに次ぐ3位の大躍進を遂げた。アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)、イギリスの海外開発研究所(ODI)、開発学研究所(IDS)を差し置いての上位入選は注目に値するだろう。

アジア勢では、中国社会科学院(CASS)が26位、インドの研究機関が続いた。日本の研究機関は、JICA研究所の48位にとどまった。

 

総合ランキング

  1. ブルッキングス研究所(Brookings Institutions: US)
  2. チャタムハウス(Chatham House: UK)
  3. カーネギー国際平和財団(Carnegie Endowment for International Peace: US)
  4. 戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies: US)
  5. ブリューゲル研究所(Bruegel: Belgium)

国際開発ランキング

  1. ブルッキングス研究所(Brookings Institutions: US)
  2. チャタムハウス(Chatham House: UK)
  3. 韓国開発研究院(Korea Development Institute: Korea)
  4. ウィルソンセンター(Woodrow Wilson International Center for Scholars: US)
  5. ハーバード大学国際開発センター(Center for International Development: US)

 

※記事執筆時点で、ペンシルベニア大学の公式ページには報告書が掲載されておらず、外部ソースから一部引用している。正確な情報は、同大学の公式ページへアップロードされるのを待っていただきたい。

記事

プロジェクトリーダーを務めたハフェズ・ガネム世銀副総裁は、「中東情勢の議論が政治問題に終始し、経済的観点から分析・議論が行われることは少なかった」と語った。

前回の記事に続き、ブルッキングス研究所と国際協力機構(JICA)が行ったアラブの春に関するパネルディスカッションを振り返りたい。

プロジェクトリーダーを務めたハフェズ・ガネム世銀副総裁は、「中東情勢の議論が政治問題に終始し、経済的観点から分析・議論が行われることは少なかった」と語った。こうした背景を踏まえれば、今回の書籍が経済分析に重きを置いたことは、画期的な取り組みであり、大きな付加価値を生んだといえる。ここではガネム氏の分析をもとに、要点をまとめる。

経済成長が順調でも人々の不満が爆発した理由とは?

ガネム氏によれば、経済成長の恩恵を多くの人が受け取っていなかったことが大きな理由のようだ。

アラブの春以前、中東・北アフリカ諸国の経済成長は順調だった。過去20年間で経済は順調に右肩上がり。しかし、他の地域に比べて、人々の日常生活に対する満足度はとても低い傾向にあった。汚職やガバナンスの問題が影響したと考えることもできる。しかし、直接の原因はただ一つの問いに集約できるだろう。

「経済成長で誰が得をしたのか?」

チュニジアのケースを考えてみよう。国民の満足度を調べた調査結果がある。「不満」と答えた人の大多数が、「経済成長が不十分」という理由をあげた。なぜだろうか。チュニジア経済は順風満帆だったはず。

ガネム氏の仮説は、「多くの人々が経済成長の恩恵を受けていなかったため」というもの。つまり、経済成長は順調だったが、インクルーシブ成長ではなかったというわけだ。

経済成長の恩恵を受けていなかったのは誰?

では、誰が成長の恩恵を受けなかったのだろうか。チュニジアのケースでは、若年層、女性、小規模農家だ。

若年層の失業問題はどうだろうか。チュニジアの場合は、他の地域と比べても低水準だったが、若年女性の失業率は高かった。また、若年男性についても、雇用されていたが、不安定なインフォーマルセクターでの雇用が多くを占めていた。

貧困指標からも富の分配に差がある状況が伺える。アラブ諸国の貧困率を地域別にみてみると、農村部の数値が都市部よりもはるかに高い。

中東地域での開発アプローチのあり方

国際社会は、中東地域での開発協力をどのように考えるべきだろうか。まず、長期的視点でインクルーシブ成長と社会正義を考え、中東地域の安定に貢献することを忘れてはならない。紛争問題や秩序回復は、経済的な視点なしには達成できない課題だ。

また、パネリストからは、「実施(Implementation)」が次の課題となるという声が上がった。制度や政策づくりで方針が明確になることは結構なことだが、実施機関がついてこなければ何も実現しない。地に足の着いた事業展開を実現するための組織づくり、能力強化が不可欠となるだろう。

さらに、農村開発と不平等の問題を本書が指摘している点も重要なポイントだ。右肩上がりのマクロ経済指標のみに注目すると、順風満帆と勘違いしてしまう。遅れがちな農村開発や、成長によって悪化してしまった不平等の問題へ目を向けることこそが、アラブの春の不満が爆発した原因と向き合うこととなる。

今回の研究プロジェクトのメッセージは、政治や安全保障の観点からのみ中東情勢を分析することは不十分であり、経済のダイナミックスや要因を分析し、抜本的な公共セクター改革を通じて長期的に達成する必要があることを示しているのかもしれない。

開催

中東・北アフリカで起こったアラブの春に関するパネルディスカッションが、1月15日に開催された。ブルッキングス研究所と国際協力機構(JICA)が行った共同研究「The Arab Spring Five Years Later」の成果発表を兼ねたイベントで、ハフェズ・ガネム世銀副総裁、シャンタ・デバラジャン世銀チーフエコノミスト、山中JICA中東欧州部長など有識者が登壇し、200名以上を集める大盛況となった。ここではJICAの支援方針に関する議論の一部を振り返りたい。

研究成果をJICA事業へ活用-4つの優先分野とは?

山中氏は共同研究の価値を「開発課題を政治・経済の両面から検証し、実務的なアプローチを提案している点」と説明した。今回のプロジェクトでは研究者と実務家の垣根を超え議論を重ね、実務家が主体となって成し遂げたものだ。そういったプロセスを経ることで、研究成果はJICAの支援に直接反映することができるといった趣旨だ。

研究成果を踏まえて、山中氏はJICAが取り組む4つの優先課題を示した。

公共セクター改革

経済・社会システムの整っていない開発途上国では政府の役割が重要となる。開発途上国の限られたリソースを有効活用し、インクルーシブ成長を達成するための制度・組織改革を支援する。

中小企業のためのビジネス環境整備

ビジネス環境の整っていない開発途上国では、市場だけでなく経済活動に関する包括的な行政システムや法司法整備が不可欠だ。アラブ諸国の経済は、巨大なインフォーマルセクターが担っており、国民のほとんどがインフォーマルセクターで生計を立てている。インフォーマルセクターの担い手は中小企業が主体となっていることから、中小企業のビジネス活動を活性化させるような政策が望まれる。そうすることで、雇用を創出し、膨大な若年労働者を吸収することができるようになる。

農村開発と小農支援

都市部と農村部の所得格差が顕在化している中、農村開発を支援する妥当性は高い。灌漑や農業技術革新を支援することで、農村開発を包括的に推進することは重要な要素となる。

教育の質向上

初等教育へのアクセスは比較的高い数値を示しているが、最大の課題は教育の質にある。質の高い教育を提供することで、中長期的には労働市場へ優秀な人材を供給することが可能となる。教育政策やガイドラインの改革を通じて支援する。

前回

本部を小さく地域局を大きく

前回は開発援助の潮流を国連機関への拠出金を通じて考えてみました。では、具体的には拠出金の変動がどのように国連機関へ影響を与えているのでしょうか。

国連開発計画(UNDP)は数ある国連機関の中でも名実ともに中心的な存在です。コア予算の削減傾向はUNDPに関しても例外ではなく、組織改革を迫ることとなりました。

2014年に実施された改革では大規模な配置転換によって、結果的に大幅な人員削減が行われました。元々、UNDPは7,500名の職員を抱え、6割がニューヨーク本部、4割が地域局に配置されていました。今回の改革ではこの割合が6:4から4:6へ変更されました。

国連職員の給与体系と懐事情は?

この変更の意味を理解するためには、国連の給与体系を理解する必要があります。

国連職員の給与は、大雑把に言うと基本給+地域調整給から成り立っています。基本給が全世界同じ基準(職位によって変動)で運用されるのに対し、地域調整給は主に勤務地の物価によって変動する手当のことです。

ニューヨークは物価が非常に高いため、地域調整給も高額となります。つまり、ニューヨーク本部勤務の職員数を減らし、開発途上国へ多くの人員を配置することで地域調整給の予算を削減することができます。これが今回の配置転換の裏にあるカラクリのようです。

怪我の功名なるか、人件費を切り詰めて現場主義へ?

UNDPには5つの地域局(所在地はアンマン、イスタンブール、バンコク、パナマ、アジスアベバ)があり、中東、欧州、アジア、中南米、アフリカを管轄しています。地域局の下には各国の事務所があり、地域局と一丸となって支援を展開する体制です。

今回の組織改革では、現場により近い地域局の人員強化が行われた形となりました。「予算の制約から改革やむなし」という側面はあったものの、現場主義に大きく一歩前進したことは支援展開にとってプラスに働く要素かもしれません。

突然の改革に戸惑うスタッフも?

最後に、UNDPで勤務してきた職員の立場に立って少し考えてみたいと思います。

ニューヨーク本部勤務者の中には、ニューヨークで自宅を購入し、子育て、人生設計をしている人も少なくありません。人事異動で開発途上国へ引っ越さねばならない状況は、当然、人生設計を大きく変更せざるを得ない状況を生みます。

日本国内の人事異動ならまだしも、生活環境・衛生状況の良くない開発途上国への人事異動となれば全く別次元の人生設計の変更となります。子供の教育についても、ニューヨークで進学を検討していたのに、教育水準の低い開発途上国での教育を検討しなければならないとなれば、子供の将来へも暗雲が立ち込めるかもしれません。

また、ニューヨーク近郊の住居費や生活費は日本人の想像を絶するほど高く(アパート一室の家賃20~30万円/月程度はザラ)、ローンで住居を購入している職員にとっては地域調整給の低い開発途上国への転勤はローンを支払えない状況に陥るリスクをはらんでいます。

「ハイエンドの暮らしを謳歌していたのだから文句を言うな」という声もありそうですが、組織の事情で人生計画を大きく変更しなければならない状況は万人共通の悩みかもしれません。現実的な問題として、家庭の事情でニューヨークに残らなければならない職員は、今回の組織改革で退職せざるを得ない状況となったことでしょう。

このように、先進国経済の停滞が国連機関への拠出金を減らし、国連機関は予算の制約から人員配置転換を行わざるを得なくなり、職員の人生設計までも影響をあたえる。そういった状況が世界の援助潮流の荒波の中、目まぐるしく動いていると感じます。

※この記事は1月15日に開催された開発フォーラム二瓶直樹氏による発表を参考に、執筆者の見解を加えて再構成しています。内容の責任は執筆者にあります。