もし、ジェフリー・サックス著「貧困の終焉」やポール・コリアー著「最底辺の10億人」がミレニアム開発目標(MDGs)時代の開発学の名著なのであれば、「ラストマイル(The Last Mile in Ending Extreme Poverty)」は持続可能な開発目標(SDGs)時代には必ず読まなければならない名著となるだろう。SDGsが目標としているように、本書は2030年の絶対的貧困撲滅を見据えて議論を展開している。ここでは本書の序章「From a Billion to Zero: Three Key Ingredients to End Extreme Poverty」で展開されるポイントをレビューする。邦訳は現時点で存在しないが、英語が苦手な方でも序章(無料)はご覧になることをお勧めしたい。
10億人からゼロへ-絶対的貧困撲滅のための3つのカギ
貧困に終わりへの道のりは、各国の状況によって異なる。「最後の旅路(ラストマイル)」がどれ程長く険しいものになるかは、これまでにどのくらい旅をしてきたかで決まる。
たとえば、中国はハイペースで貧困削減を実現したが、コートジボワールは貧困状態を悪化させた。MDGsの一つ目のゴール(世界の貧困の半減)は予定より7年も早く達成されたが、個別の国を見れば達成状況に差があるというわけだ。
最後の旅路では、誰も見捨てることができない。中国は世界の貧困を半減させることに大きく貢献した。しかし、沿岸地域の急速な経済成長が所得水準を向上させた一方、内陸部では貧困状態が続いている。かつてアフリカ諸国から手本とされていたコートジボワールでも、北部地域の住民が貧困状態に陥った。
たしかに、経済成長は貧困削減のエンジンかもしれない。しかし、経済政策だけでは貧困に終わりを告げることはできない。経済成長が断続的であったり、富の配分が不公平である場合には、経済政策は無力だ。
貧困撲滅を達成するためには、平和、仕事、レジリエンスが重要な要素となる。
過去の研究が示しているように、貧困が紛争の引き金となり、紛争によって人々は貧困に陥る。実際、現代の貧困は紛争地域や脆弱国に残存している。また、紛争の終結がすぐに経済成長につながるわけでもない。紛争でボロボロになった国を復興する長い時間が必要である。そして何よりも、今後長期的に平和な状態が継続するという期待感が不可欠となる。
一方で、国内に紛争を抱える国が貧困削減を順調に進めている例があるのも事実だ。たとえば、フィリピンやインドが顕著な例だろう。しかし、紛争地域の住民は国の発展から取り残され、貧困状態から抜け出せない可能性がある。最後の旅路を終えるためには、彼らを見捨てるわけにはいかないのだ。
仕事(Job)
生産性の高い仕事の不足は、低所得者層を増加させ、貧困を生む。また、貧困は生産性の高い職へ就くための阻害要因ともなる。ここに急速な貧困削減に成功した国の研究がある。貧困家庭が貧困から抜け出すために得た追加的収入源は労働所得と労働生産性の向上だった。
貧困層にとって生産性の高い仕事は、賃金労働、バリューチェーンへのアクセス、農業で高い収穫高をあげることだ。これらの要素なしでは、彼らは貧困から抜け出すことはできないだろう。
雇用創出のためには、経済構造転換が重要となる。経済の構造を見直すことによって、労働生産性を向上させ、低所得者層が生産性のより高い仕事へ転職する機会を得られる環境を作ることが、特にサブサハラアフリカ諸国では必要である。
また、マーケットアクセスに対する投資不足も解決すべき課題である。人々がマーケットへアクセスできないということは、生産性の向上、雇用創出、労働生産活動すべてにおいてマイナスである。投資不足の原因は、陸封(大規模河川や海に面さない内陸国)であるためにあらゆる経費が高くついてしまうことだろう。
レジリエンス(Resilience)
貧困は脆弱性(Vulnerability)の原因である。貧困層は多くの場合、レジリエンスを提供する機関・システムの無い場所で生活している。一旦ショックが発生すると彼らは、公的な救済システム(保険、一時金借入等)に頼らずに対処しなければならない。過去の研究も貧困層が極めて脆弱であることを示している。一日2ドル以下で生活する成人のうち、23%しか公的救済システムへアクセスできないというデータが彼らの脆弱性を物語っている。貧困層は公的システムへ頼らず、親類間の助け合いでショックを切り抜けるしかないのが現実だ。レジリエンス(復元力)は、ショック(災害等の影響)を緩和する能力のことであり、最後の旅路を完結するために無くてはならない要素だ。ショックはあらゆる場所で起こる。病気や失業は家庭で起き、自然災害や凶作はコミュニティレベルで起き、政情不安や物価乱高下は国家レベルで起きる。あらゆるレベルでのレジリエンスが不可欠というわけだ。
ショックに対する脆弱性もまた、貧困の原因である。貧困層はしばしばショックへのやむを得ない対応として生産活動に不可欠な資本(家畜・土地等)を売却し、消費水準を短期的に確保しようとする。しかし、こうした一時的な対処法は長期的にマイナスの影響を残すことが報告されている。エチオピアとタンザニアに関する研究では、干ばつ発生から10年経過した時点でさえ、貧困層の消費水準はかつての水準から17%-40%も低いままだった。
また、貧困線より上の水準で生活している人々も、貧困に陥るリスクをはらんでいるとされている。ある研究では、貧困線の2倍の消費水準にある人々でさえ、貧困に陥る確率が10%あるとしている。
更に、費用便益分析を行った研究によれば、ショックに対する事前措置(リスクマネジメント)に投資することは高い費用対効果があるとされる。低所得国の貧困層はレジリエンスの最も無い人々であるにもかかわらず、ソーシャル・セーフティ・ネット等の社会保障政策のカバレッジは彼らのたった10%でしかない。ここに大きな課題が残されている。
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