携わっている仕事について書きます。

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技術協力プロジェクトの舞台裏、ILOの社会保障

ILOの社会保障関連の技術協力プロジェクトに限る話かもしれませんが、技術協力の舞台裏を少しお話します。直近の労働組合との政策対話や、技術協力の過程で作成したペーパーをILOのホームページにアップし始めました。

当たり前かもしれませんが、研究機関ではないので、ペーパーといってもアカデミックなものではありません。技術協力の流れとしては、政府・労組・使用者の要望に基づいて、論点整理・分析・国際比較などしてペーパーにまとめ、プレゼンするということをやります。ペーパーなしでプレゼンすることはほとんどありません。しかし、要望からプレゼンまで数日から数週間ということも多いので、質が不揃いのドラフトが常に大量に手元にあります。

タイムラインは日本の官僚による国会対応ほどではないと思いますが、流れは似ているかもしれません。質問を受けて回答のためのペーパーを作成して説明に入る。そういう流れです。この結果、たくさんのペーパーが机の上に散乱するわけですが、その中には重複も多くあり、質もバラバラです。時間のあるときに、これらを編集し直し、体裁を整えて公開しています。

そのため、基本的に公開するペーパーの内容は古いです。政策対話でプレゼンし、議論し尽くし、時間に余裕があるときにナレッジマネジメントのために出版作業をやっているためです。つまり、出版を目的としたペーパーの執筆は行っておらず、議論の材料としてペーパーを作成し、副次的に出版するというイメージです。

もちろん、ILOの定期刊行物・フラッグシップレポートはそれ自体に価値があるものとして研究肌の人たちが本部で作っています。一方、現場の我々が発行するレポートは表向き同じILO刊行物ですが、目的も毛色も違う別物であることが多いです。

現場のレポート類の出版作業は原則プロジェクトごとに行われ、予算確保、エディター・デザイナーなどの業者選定・交渉・契約など、すべての作業をプロジェクト内で完結させます。担当部署に草案送れば出版されるというわけではなく、事務的な負担もすべてプロジェクトが管理します。また、研究機関ではないので刊行物の数や引用数が業績評価になることもありません。こうした事情から、少なくとも私の周りのプロジェクトのプロジェクトは、時間のあるときに出版作業を余力でやっている状況のようです。

また、事務的な部分の効率化のために、我々のプロジェクトではエディター・デザイナーについては年間契約するなどしています。こうすることで、都度契約に係る事務コストをある程度抑えています。

ちなみにインドネシアでは英語で仕事できないので、毎回同時通訳を入れて会議をしています。かつては逐語でスタッフにやってもらっていたのですが、非効率なので、通訳を2、3人長期契約して、ほぼ毎週会議のたびにお願いしています。

出版作業や会議通訳など、他の国際機関ではだいぶ違うと思いますが、ILO、少なくとも私のプロジェクト周りではこのような舞台裏となっています。

インドネシアが社会保障制度を新設、失業給付

11月3日、ジョコ・ウィドド大統領が雇用創出に関する2020年法第11号に署名しました。これはオムニバス法、あるいは雇用創出法と呼ばれ、インドネシア政府が2月12日に下院に提出した草案がベースとなっています。労働法については約20年ぶりの大きな改革、社会保障に関しては約5年ぶりの改革となります。

政府の説明によれば、同法自体は雇用、社会保障、その他多くの社会経済問題を含む多くの法規制を上書きし、ビジネス環境の改善や雇用形態の変化に対応することを目的としたものです。一方、労働法の改正が本丸であるため、不十分な対話や労働者の権利が損なわれるとの懸念から、法案の撤回を求める大規模なデモが全国各地で起きました。最低賃金、雇用形態の流動化、退職金の削減、雇用保険の新設が争点です。

社会保障に関しては雇用保険・失業給付制度(Jaminan Kehilangan Pekerja: JKP)を創設し、その運営をBPJS Employmentが担当することが決まりました。BPJSは既存の4つの制度に加え、JKPを運用することとなります。同法によれば、失業者は最大6ヶ月間の失業給付、労働市場情報へのアクセス、職業訓練を受けることができるようになります。インドネシアの社会保障関連法では、制度設計を法ではなく政令に委ねることが慣例となっていて、同法でも制度設計の詳細については政令で規定することを認めています。

雇用保険のスケールの話をすれば、総人口2.7億人のうち労働人口は1.3億人いて、そのうち5千万人が賃金労働者。現行の労災保険には3千万人の賃金労働者が加入しています。雇用保険をこれらの被保険者に適用すれば、3千万人が初期のカバレッジとなります。厳密には、このうちの9百万人は建設業の賃金労働者で、労災には「別枠」で加入しているため、同じ労災被保険者でも事務的には別扱いで処理されています。そのため、制度設計後に、もう一段超えなければならない事務的な課題はあります。

ILOは厚生労働省ファーストリテイリングの支援を受け、制度設計に関する技術協力を実施してきました。技術協力は多岐にわたりますが、失業給付をいくらにして、何か月もらえるようにするか、保険料の納付期間等、制度の細則に関するメリット・デメリットを国際労働基準に照らし合わせながら、経済社会状況に合わせて社会対話・技術支援していくことなどが含まれます。

多くの国際機関やJICAのような二国間援助機関が政府のみを支援対象とするのに対し、ILOは政府・労働者・経済界を支援対象とします。ILOが三者構成と呼ばれる所以です。技術協力・政策提言を行う際にも、科学的な経済・社会分析のみによらず、三者の代表が合意した国際労働基準が根底にあります。

日々の具体的な活動に焦点を当てれば、地道な対話や調査が大部分を占めます。国会での議論が始まれば、国会答弁、政労使の交渉、政府内協議が四六時中行われ、これらの過程で各所から聞かれる制度設計に関する様々な質問に答えるのも仕事の一環です。政府へは官僚の国会待機のさらに後ろで待機しつつ、政府との交渉・対話を行う労働者・使用者団体から要望があれば、同様に支援するのも仕事です。

いずれにせよ、大多数の賃金労働者が失業時に十分な所得保障を受けられる制度設計にするべく、協力しているところです。

近況報告とこれから

昨年秋ごろからあまり時間が取れず、The Povertistやこちらのページへの投稿が滞っています。まず、キャリア相談や寄稿を含め、メールやコメント欄などでたくさんのご連絡をありがとうございます。しかし、ご連絡いただいている皆さんに半年以上全くお返事が出来ておらず、申し訳ない思いでいます。これらをいつ再開できるか目処が立たないので、こちらで少しだけこの間の状況を報告だけさせて頂ければと思います。殴り書き、走り書きになってしまいますが、お読み捨ていただければ幸いです。 さらに読む

正しいことだけを言っていても政治は動かない

橋下さんと本田さんの対談の中で深く頷いた部分があったので共有させていただきます。これはもしかすると、国際協力全般には当てはまらないことかもしれない。以前にも書きましたが、ILOで仕事をしていると政府だけでなく、労働者の代表や使用者の代表の三社の間に立って立ち振る舞わなければならず、政治力や対話力が仕事を進めていく上で極めて重要となっています。橋下さんの言葉を借りれば、論理的に正しいことを主張し続けるだけでは仕事は進まない場面が極めて多いです。僕らは政治家ではないけれど、極めて政治家的な素養が必要な場面が多いとこれを見て感じました。 さらに読む

使える報告書の作り方

開発途上国の政治家と実務家に使ってもらうにはどうすべきか」悩みは尽きないという話をした。「あなたの論文が読まれない理由」を書いたきっかけも、どうしたら科学的根拠を政策へ使ってもらえるか、という作り手としての問題意識からだった。色々な答えがあるだろうが、対象国の政治サイクルや実務家のタイムラインに乗せることが、報告書を使ってもらうための最低限の条件だと思う。それに関連していくつか身の回りの事例を振り返ってみる。 さらに読む

政治サイクルとインパクト評価のタイミング

ベトナムでは国会に法案を提出する際に、その法案を実施した際にどのような社会経済的な影響があるか説明する報告書の提出が不可欠となっている。これを当該国の実務家はインパクト評価と言っている。もちろん、学術界でいうところのインパクト評価とは手法の厳密さなどに差異はあるが、求めているアウトプットは似ている気がする。いずれにせよ、どこの国の法案審議でも同じような要件があると思う。 さらに読む

仕事の未来に社会保障を適用させる方策とは?

ペーパードリップ(Paper Drip)は「3分で学術論文の要点を読む・読ませる」を実現する企画です。研究者は端的に要点をまとめ、実務家は短時間でエビデンスを把握し、実務へ活用する。エビデンスを政策の現場へ届けたい研究者と、時間に追われる実務家の橋渡しを目指しています。

著者名
Behrendt C. and Nguyen Q.A.

論文の題名
Ensuring universal social protection for the future of work

論文が答えようとしている問い
仕事の未来に社会保障を適用させる方策とは?

政策メッセージ
社会保険・社会福祉の両輪をうまく組み合わせることが重要。

分析手法
文献レビュー。

分析結果
保険料および税収を財源とした社会保障制度を効果的に組み合わせ、様々な雇用形態で働く労働者を保護する必要がある。政府はこうした流動的な労働市場のあり方に社会保障制度を適応させていかなければならない。

URL
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/1024258919857031

労働形態の変化に社会保障はどう対応すべきか?

ペーパードリップ(Paper Drip)は「3分で学術論文の要点を読む・読ませる」を実現する企画です。研究者は端的に要点をまとめ、実務家は短時間でエビデンスを把握し、実務へ活用する。エビデンスを政策の現場へ届けたい研究者と、時間に追われる実務家の橋渡しを目指しています。

著者名
Behrendt C. et al

論文の題名
Social protection systems and the future of work ensuring social security for digital platform workers

論文が答えようとしている問い
労働形態の変化に社会保障はどう対応すべきか?

政策メッセージ
新しい労働形態へ法的・事務的な適応が必要。

分析手法
文献レビュー。各国の具体的な政策を引用することで、政策の方向性を体系化。

分析結果
オンデマンドワーカーの登場など、雇用形態が複雑化している現状を踏まえ、次のような政策対応が必要。

  • 法的枠組みを調整し、雇用関係を明確化。
  • すべての労働者に社会保障が適用される法整備を行い、義務の履行のためにデジタル技術を活用。
  • 行政事務と資金調達の簡素化と適応。
  • 複数の雇用主を持つ労働者に制度を適応し、転職しても加入履歴が継続する仕組みを確立。
  • 移民労働者が社会保障に加入し続けられるように国を超えた調整メカニズムを確立。
  • 労働組合の役割を強化。

URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/issr.12212

どのセクターの成長が貧困削減を牽引するか?

ペーパードリップ(Paper Drip)は「3分で学術論文の要点を読む・読ませる」を実現する企画です。研究者は端的に要点をまとめ、実務家は短時間でエビデンスを把握し、実務へ活用する。エビデンスを政策の現場へ届けたい研究者と、時間に追われる実務家の橋渡しを目指しています。

著者名
Ivanic M. and Martin W.

論文の題名
Sectoral productivity growth and poverty reduction: National and global impacts

論文が答えようとしている問い
どのセクターの成長が貧困削減を牽引するか?

政策メッセージ
工業・サービス産業よりも、農業の生産性向上が貧困削減を牽引する。

分析手法
複数のデータソースを使用。世界貿易分析プロジェクトのデータベース(GTAP)から140か国、57の貿易セクターの経済データを取得。一般均衡モデルを用い、生産性が増減することによって国民所得、製品、価格が長期的にどのような影響を受けるのかを分析。生産性と価格の変動を31か国、315,000世帯のデータに適用し、貧困への影響を分析。

分析結果
低所得国では一般的に、農業の生産性向上は工業・サービス産業よりも高い貧困削減効果を持つ。

URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305750X17302383

政府支出は所得貧困を改善するか?

ペーパードリップ(Paper Drip)は「3分で学術論文の要点を読む・読ませる」を実現する企画です。研究者は端的に要点をまとめ、実務家は短時間でエビデンスを把握し、実務へ活用する。エビデンスを政策の現場へ届けたい研究者と、時間に追われる実務家の橋渡しを目指しています。

著者名
Anderson E. et al

論文の題名
Does government spending affect income poverty? A meta-regression analysis

論文が答えようとしている問い
政府支出は所得貧困を改善するか?

政策メッセージ
政府支出を拡大すれば所得貧困が改善するという明確な根拠はない。

分析手法
問いに関する19ヶ国169の分析結果を用いてメタ回帰分析を実施。

分析結果
低中所得国において、政府支出を拡大することで所得貧困が改善するという明確な傾向は確認できない。ただ、地域によって程度の差はある。

URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305750X17303200