AIのアシスタントに編集作業をお願いする

テクノロジーを仕事に取り入れるために、本業以外の場で色々と試している。具体的には、AI Chat界隈で最も賢いと噂のChatGPT 4とClaude 3 Opusに日々仕事を依頼している。これだけで毎月40ドルの出費になるわけで安くはないが、学びのための投資と考えるようにしている。

私の文章と長年付き合ってくれている読者の方は気づいたかもしれないが、過去一か月の記事の中には、私が編集していないものもある。私は書くことが仕事と生活の一部となっているので、千文字程度であれば三十分もあれば草案と編集作業を終えることができる。文章のスタイルも長年染みついたもので、なるべく短文を繰り返し、声に出して読んだときにリズムが良くなるようにしたり、それなりにこだわりを持っている。

一方、仕事の合間にコーヒーを飲んでいるときや、トイレやシャワー室で思い浮かぶアイデアも多い。今年に入ってからは、音声メモでテキストを起こすことが増えた。しかし、音声メモは私が思いついたことを惰性で話すので、編集作業が不可欠となる。その作業を自分でやっても良いわけだが、AIにやってもらうことも同時に模索している。

3月25日に公開した記事も実は、Claude 3 Opusに編集作業を手伝ってもらった。ChatGPT 4にも同じ指示をしてみたが、Claude 3 Opusの方が仕事ができる。昨日の編集作業に関しては、Clausde 3 Opusの結果を採用した。そのうえで、私が更に加筆したり修正し、公開した。

ippeitsuruga.com/ja/tcpjintl/

原文

セオリーオブチェンジやプロジェクトデザインマトリックスや プロジェクトサイクルマネジメント に 毒されている人 が犯す。共通した過ちは 企画段階で コンセプトや理論から 考え始めることだ。プロジェクト を実施するために 雇われた。マネージャー であれば 指示書に プロジェクト デザインが書いてあり、 それを実行することが義務になっているから、 指示書に従うことは仕方がない。しかし、 プロジェクトを作る側の人間が これらの枠組みにとらわれて、コンセプトや理論から 企画を作り始めること が 散見されるため、 私は非常に危機感を覚えているこれらに基づいたプロジェクトのデザインといえば オブジェクティブ を作り、 その下にアウトカム を置き、 アウトプットを置き、 インプット あるいは活動を決める。実際の現場感覚から言えば、どのような活動をするかが最も重要であり、 それの積み重ねが アウトプットアウトカム オブジェクトの達成に つながっていく。つまり、 企画をする側 がプロジェクトチームを縛ろうとすれば、 上から下に決めていけば良いが、 企画をする側が責任を持って実施する。立場にあるとすれば、 下から上に決めていくのが最も筋が通る。つまり、 これらのフレームワークというのは 実施部分を外注することを想定して、 最終的に企画したものが実施まで責任を負えないという前提で考えられた。コンセプトで それゆえ大きな組織になればなるほど。企画部隊と現場部隊の 軋轢が生じる によっていい計画にはならない。

ChatGPT 4

セオリーオブチェンジやプロジェクトデザインマトリックス、プロジェクトサイクルマネジメントに毒されている人が犯す共通した過ちは、企画段階でコンセプトや理論から考え始めることだ。プロジェクトを実施するために雇われたマネージャーであれば、指示書にプロジェクトデザインが書いてあり、それを実行することが義務になっているから、指示書に従うことは仕方がない。しかし、プロジェクトを作る側の人間がこれらの枠組みにとらわれて、コンセプトや理論から企画を作り始めることが散見されるため、私は非常に危機感を覚えている。これらに基づいたプロジェクトのデザインといえば、オブジェクティブを作り、その下にアウトカムを置き、アウトプットを置き、インプットあるいは活動を決める。実際の現場感覚から言えば、どのような活動をするかが最も重要であり、それの積み重ねがアウトプット、アウトカム、オブジェクトの達成につながっていく。つまり、企画をする側がプロジェクトチームを縛ろうとすれば、上から下に決めていけば良いが、企画をする側が責任を持って実施する立場にあるとすれば、下から上に決めていくのが最も筋が通る。つまり、これらのフレームワークというのは実施部分を外注することを想定して、最終的に企画したものが実施まで責任を負えないという前提で考えられている。コンセプトで、それゆえ大きな組織になればなるほど、企画部隊と現場部隊の軋轢が生じ、よい計画にはならない。

Claude 3 Opus

セオリーオブチェンジやプロジェクトデザインマトリックス、プロジェクトサイクルマネジメントに毒されている人が犯す共通した過ちは、企画段階でコンセプトや理論から考え始めることだ。

プロジェクトを実施するために雇われたマネージャーであれば、指示書にプロジェクトデザインが書いてあり、それを実行することが義務になっているから、指示書に従うことは仕方がない。しかし、プロジェクトを作る側の人間がこれらの枠組みにとらわれて、コンセプトや理論から企画を作り始めることが散見されるため、私は非常に危機感を覚えている。

これらに基づいたプロジェクトのデザインといえば、オブジェクティブを作り、その下にアウトカムを置き、アウトプットを置き、インプットあるいは活動を決める。実際の現場感覚から言えば、どのような活動をするかが最も重要であり、それの積み重ねがアウトプット、アウトカム、オブジェクトの達成につながっていく。

つまり、企画をする側がプロジェクトチームを縛ろうとすれば、上から下に決めていけば良いが、企画をする側が責任を持って実施する立場にあるとすれば、下から上に決めていくのが最も筋が通る。

つまり、これらのフレームワークというのは、実施部分を外注することを想定して、最終的に企画したものが実施まで責任を負えないという前提で考えられたコンセプトだ。それゆえ、大きな組織になればなるほど、企画部隊と現場部隊の軋轢が生じる。

よって、これらのフレームワークに基づいた企画では、良い計画にはならない。