ケニア政府がダダーブ難民キャンプ閉鎖、ホスト国支援の必要性を考える
世界最大の難民キャンプ閉鎖、難民60万人以上が行き場を失う
ケニア政府が6日、同国内にある難民キャンプを閉鎖することを発表した。アメリカの大手メディアCNNが、ケニア政府高官の話として伝えたもので信憑性が高い。
これが実現されると、世界最大のダダーブ難民キャンプを含む複数の難民キャンプ(恐らくカクマ難民キャンプ等)が閉鎖される見込み。
ケニアでは近年、イスラム過激派「アル・シャバブ」によるテロや、それに伴う治安維持、難民流入による経済負担が大きくなっており、国内の政治圧力が高まっていた。
閉鎖措置に至った理由としてケニア内務省高官は、「経済、治安維持、環境等で強いられている思い負担」としており、「国際社会が人道対策の負担に責任を負うよう要請」したようだ。
評論家ではなく、実務家がすべきこと
この問題について、ケニア政府に対する感情的な批判や賛同が、ニュースのコメント欄にあふれている。しかし、今回の出来事の本質に迫る建設的な議論があまり聞こえてこない。
開発援助に携わる私たちがこれに同調して、評論家となっていては意味が無い。したがって、ここでケニア政府の政策の是非を議論するつもりも、国際社会の対応の賛否を議論するつもりは無いことを、はじめに断っておきたい。
今、現場でソマリア難民の移転・移住に携わる関係者にとっては、それが優先課題であることはいうまでも無い。そして、直接携わっていない開発・人道援助の実務家にとっては、今回の問題がなぜ置き、今後同じ場面に直面した際にどういった教訓を残せるか。そういった議論をすることが大切なのだと感じる。
難民支援と人間の安全保障が投げかけるメッセージ
難民に対する支援の必要性を疑う人は少ない。国家が崩壊したときに、国境の概念にとらわれていては自国民以外は助けないという発想になってしまう。「国境」ではなく、「人間」に焦点を当てよう。人間の安全保障の基本的な考え方はそこにある。
この人間中心の人道支援・開発援助は広く人々に受け入れられている。そして、日本政府や国際協力機構(JICA)の開発援助の基本的な考え方となり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が難民支援を行う重要な後ろ盾ともなっているコンセプトだ。
国際社会を見渡すと、難民を支援すること自体に反対する人は少ない。しかし、当事者となると話は別だ。そこに今回の問題の本質がある。
ホスト国に対する支援の必要性を考える
なぜ、ケニア政府は難民キャンプを閉鎖することを決定したのか?その答えは、ケニア政府自らが明らかにしている。
前述のとおり、「ホスト国の負担」に尽きる。ホスト国の負担が大きすぎ、国際社会のホスト国に対する支援が不十分。負担と利益のバランスが欠如していることが原因というわけだ。
ケニアの負担と国際社会の負担
ケニア政府は、人口1万5千人のダダーブという小さな町で30万人以上のソマリア難民を受け入れている。国内にはそれをはるかに上回るソマリア人難民が居住し、それに紛れてテロリストも流入しているのが実態だ。
ダダーブ難民キャンプ周辺には、難民とホストコミュニティによって5,000店が営業し、年間25億円(25百万ドル)を売り上げる。一方、地元の町には370店舗しかなく、売り上げは1.3億円(1.3百万ドル)。これは、この地域が含まれる北東州のGDPの25%に相当するそうだ。
ダダーブ難民キャンプには、この他に多額の援助資金が流入している。2007年に44億円だったのが、2010年には100億円となった。
一方、この巨額の援助資金のうち、たったの1.9億円程度しか、ホストコミュニティにとって有用なインフラ投資へ向けられなかったようだ。また、ホストコミュニティへの直接的な開発援助も、2007年の2億円から2010年の5.5億円と微増するに留まった。その結果、難民キャンプによるホストコミュニティに対する経済効果は、14億円程度しかなかったようだ。
また、別の調査では、ケニアがダダーブ難民キャンプを閉鎖することによって失う機会損失は、年間11億円であり、1万件の雇用が失われるとしている。
こうした状況を受け、ウィリアム・ルト副大統領は、「ソマリアとのビジネス機会、経済効果を失ったとしても、国土の安定を優先する」と語っていた。
難民支援の専門機関はあるが、ホスト国を支援する専門機関は無い
ケニア政府の言葉を借りれば、ホスト国は「『国際社会』が平等に難民支援の負担をする必要がある」と感じているようだ。
では、国際社会とは何のことだろうか。
ある人は、「国際社会は国際機関やNGOを通じて人道支援に多額の予算を拠出し、難民支援の運営経費をすでに負担している」と主張するかもしれない。また、ある人は、「国際社会は軍事支援を行い、テロとの戦いを支援し、治安の安定に貢献している」というかもしれない。
どちらも一理あるだろう。
しかし、現実問題として、当事者であるケニア政府が、「それでは足りない」と主張していることを真摯に受け止めなければならない。
いろいろな問題提起の仕方が考えられるが、たとえば、ホスト国やホストコミュニティを支援する枠組みや専門機関は存在するのか。
難民支援を行う国際機関は存在する。今回閉鎖対象となっているダダーブ難民キャンプやカクマ難民キャンプを四半世紀運営しているUNHCR。人の移動、移民を専門とする国際移住期間(IOM)。
人間の安全保障のコンセプトにもあるように、不利な状況に置かれている人々を国家の枠にとらわれず支援する枠組み・組織の必要性が認識され、こうした機関が重要な役割を担っている。もちろん、これは優れた枠組みであって、到底批判されるべきではないし、する人もいないだろう。
一方、なぜ、難民を受け入れている国を包括的に支援する専門機関は(私の知る限り)無いのだろうか。現状では、「開発援助」というたくさんあるニーズの中で、開発援助実施機関やドナー国の「裁量」でホストコミュニティを支援しているのが実態だ。
ホストコミュニティの支援にも専門機関が必要なのではないだろうか。「気が向いたときにアドホック」に援助を実施するという努力を国際社会はしてきたのであるが、結局のところ、足りなかったのが今回のケースだ。
四半世紀も月日が経てば、「世界最大の難民キャンプ」というキャッチーなテーマへの支援は続くが、ホストコミュニティという地味で目立たない分野は否が応でも支援が減る。
専門機関があれば、自分の所掌分野の仕事に必死に取り組み、仕事が減りそうであれば、必死で予算や仕事を確保する。組織やそれに準ずる枠組みがあれば、もっと組織的に国際社会がホスト国を支援することができるのではないだろうか。
現場の実務家は既に最大限ホストコミュニティに配慮している
最後に、留意いただきたいことは、人道支援に携わる方の現場での努力だ。難民支援に携わる方、友人はたくさんいる。そして、専門家として人道支援に携わる彼らは、現場レベルでできる限り、ホストコミュニティへの配慮もしているのが実態だ。
難民支援に関与している人や機関は、私が知る限り、現地の社会・経済に配慮し、物資調達も地産池消で地元で試みるなど、あらゆる努力をしている。
今回の記事で問題提起したかったことは、そうした努力にもかかわらず、当事者であるケニア政府は国際社会の負担が足りない、と感じていることにある。もはや、既存の開発援助や人道支援の枠組みで、ホストコミュニティをアドホックに「裁量」で支援していくことには限界があるのではないだろうか。
組織的に国際社会がホスト国を支援する枠組みが今後必要となってくると感じる。
※この記事は、議論のきっかけをつくるたたき台として執筆しました。現場で活躍する方からのご寄稿お待ちしております。
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