日本が援助したチリの鮭養殖産業で環境問題?経済・社会的な貢献も忘れてはいけない

ハフィンポスト掲載記事がチリ鮭養殖産業を批判

5月27日付でハフィンポストに掲載された記事が話題を集めている。「日本のスーパーで売られているチリ産の鮭を地元の人が食べない理由」と題した記事は、チリの養殖産業の闇に問題提起を行う内容だ。著者の主張は大まかに言えば、以下のとおり。

  • 鮭のエサが原因で、海が富栄養化されて赤潮の原因となっている。
  • 鮭の寄生虫対策に使われる殺虫剤で、他の海洋生物が死んでいる。
  • 鮭の病気対策に多量の抗生物質が使われている。養殖場の鮭の密集度が高すぎて多くの鮭が死んでいる。
  • 鮭の養殖産業で収入を得る人が増えるかもしれないが、他の海洋生物(魚介類)を採って生活している人は職を失っているおり、何より環境破壊が深刻だ。

上記の記事は、精緻な調査をした上で書かれた報告ではないことに留意する必要がある。知人の話などが議論の根幹を支えている点でどこまで信頼できる話かは疑わしい。また、別の報告では、養殖産業については触れず、気候変動の影響を指摘するものもある。

これらを鑑みれば、海洋生物の大量死と鮭の養殖産業の因果関係を認めるだけのエビデンスは揃っていないと思われる。国や地域レベルの政策的な議論を行うためには精緻な調査結果を待ちたいところだ。

日本の技術協力から世界第2位の一大産業へ成長

チリ鮭の養殖産業がもたらした経済・社会的なインパクトを無視して、こうした政策的な議論を行ってはならないだろう。

もともと、チリの鮭養殖産業は、JICAの技術協力によって生まれた経緯がある。つまり、日本の技術によって新しい産業が生まれたのである。1970年代に技術協力が開始されて以来、「鮭産業の奇跡」と形容されるまでに産業が成長した。今では、ノルウェーに次ぐ世界第二位の巨大産業だ。チリ産の鮭は、世界の供給量の3分の1を占める。

当然、新しい産業が生まれたことによって多くの雇用が創出され、貧困層の所得が向上したという報告もある。

チリの鮭養殖産業の歴史や経済・社会的インパクトの検証については、JICA研究所が実施した研究が詳しい。今月Springer社から出版された『Chile’s Salmon Industry: Policy Challenges in Managing Public Goods』や、2010年に纏められたプロジェクトヒストリー『南米チリをサケ輸出大国に変えた日本人たち~ゼロから産業を創出した国際協力の記録~』も参照されたい。

上記のハフィンポストの記事がどれ程の規模の話なのか、全容が報告されていないので判断が難しいところだが、政策的な議論を行う場合は同産業の貢献度についても冷静かつ正しく評価する必要があるかもしれない。その上で、チリ政府はガイドラインの整備や業務改善に関する政策を立案するかもしれない、日本や他国の技術協力を求めるかもしれない。精緻な調査報告とエビデンスに基づく議論を待ちたい。


 

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