労災保険と健康保険の制度改正に関するBPJS-K理事会への招待

先週末に元国家社会保障審議会(DJSN)のインドラさんからWhatsAppで連絡があり、今週の水曜日に開催されるBPJS-K(国民健康保険実施機関)の理事会でILOの視点からコメントをしてほしいという依頼があった。2023年の政府規則の改定によって、労災保険と健康保険の棲み分けが行われた。その実施規則を労働省が労働省規則2025年第1号で規定し、いよいよ実施されることとなっている。

この改正の大きなポイントは労災保険と医療保険のどちらが労災の疑いのある怪我や疾病の治療費を負担するかということだ。これ以前は労働者側の理解不足や使用者側の労災隠しによって、怪我や疾病であればそれが労災の疑いがあろうがなかろうが、健康保険を使って医療を受ける人がほとんどだった。インドネシアでは健康保険を使っても労災保険を使っても治療費は無料であるため、治療を受ける側からすれば労災保険であろうが健康保険であろうがサービスは同じなのである。日本では健康保険で受診すれば三割負担だが、労災保険で受診すれば自己負担なしとなるため、労働者側も労災かどうかを真剣に検討する。いずれも無料であるため、その緊張感がインドネシアにはないのである。

もちろん、労災保険の場合は所得補償もあるが、医療保障に関しては両サービスとも同じだ。そのためかなり多くの労災と思われる事案に対する医療費の支出が健康保険の基金によって行われていた。

インドネシアでは今、健康保険料の値上げが必須と言われていて、政府でもその議論が行われている。健康保険料をなるべく値上げしないように基金からの支出を抑えることを考え、この労災保険と医療保険の棲み分けが曖昧になっていた部分を明確にして、労災保険が労災部分を正確に負担するような形にすることが一つの争点となっていた。

今回の改正ではBPJS-TK(健康保険以外の社会保険実施機関)が実施する労災保険が医療機関が労災認定をするまでの間(最長1カ月)、労災保険基金から医療施設への支払いを負担することが明記された。ただし、医療機関が労災認定をした場合でも、健康保険から労災保険に対して費用の弁済を行うことにはなっておらず、仮に労災が認定されなかったとしても、労災認定までにかかった医療費分は労災保険基金が負担することとなっている。厳密に言えば、健康保険の加入者が支払うべき費用を、労災保険に加入する企業が負担する構造となるため企業側が反発してもよさそうなものである。しかし、保険の概念が社会的に認知されていないインドネシアにおいては、そこまで精緻な議論はなされない。「保険料全体で値上がりしなければどうでもよい」というのが、労使代表が常々口にすることである。

こうした仕組みへの制度転換が今回行われたわけだが、ILOからの視点で水曜日の理事会で発言して欲しいとのことだった。しかし、この狭い専門的な分野において、ILOが比較研究を実施したり、国際条約を詳細に扱っているわけではなく、手探りの準備となる。いわば、個人戦である。

そのため、今日の午後は同僚で助言をくれそうな人に連絡をして、論点整理を手伝ってもらおうと思った。しかし、残念ながらタイのオフィスは水掛け祭りで休みであり、ジュネーブ本部もイースター休暇でもぬけの殻だった。そういうわけで付け焼き刃で日本の事例などをインターネットで探しながら2時間ほどかけて論点整理を行った。どういった会合になるかわからないが、何か有意義なコメントをできるように準備をしていきたいと思っている。

それにしても、今回インドラさんから声をかけていただいたが、BPJS-Kに呼ばれるのは珍しいことで、6年間インドネシアでこの仕事をしてきてはじめてのことではないだろうか。もしかすると、別の知り合いのイダ理事が一声かけてくれたのかもしれない。イダ理事とは、ILOと韓国政府が2023年11月にソウルで実施した労災保険・雇用保険制度の地域研修で、私が講師として参加した時に連絡先を交換していた。

それ以来連絡は取っていなかったが、先月になってレバラン休暇の挨拶を送った時に、ILO「所長の表敬訪問はいつ来るのか」という話になった。それで急遽、私が所長とBPJS-K理事会の面会を調整した。そうしたつながりから、もしかしたら今回呼んでいただけることになったのかもしれない。いずれにせよ、この国で専門的な仕事をしようと思うと、こうした個人のつながりで政策対話の場に参加することができるかどうかが決まる。