インドネシアの社会保障改革と文化的障壁:対立を避ける社会が生む政策の停滞
インドネシアは現在、社会保障制度の方向性について重要な岐路に立っている。国家開発企画庁(Badan Perencanaan Pembangunan Nasional: BAPPENAS)が策定し、ジョコ・ウィドド大統領が2024年の退任前に承認した国家長期計画(Rencana Pembangunan Jangka Panjang Nasional: RPJPN)では、2045年までの20年間でインドネシアが目指すべき方向性が示されている。
社会経済的には3つの大きな柱がある。第一に中間層の拡大、第二に税財源による生活保護的な社会保障から社会保険料を支払う人々を増やすことによる社会保険への移行(「卒業」を意味する”グラデュエーション”という用語を使用)、そして第三に少子高齢化対策である。これには介護保険や年金制度などが含まれる。
東南アジア・東アジア地域を見渡すと、韓国、台湾、日本といった先進国は福祉国家を目指す方向で進んできた。これらの国々はドイツ型の社会保険を中心に、貧困層には税財源で支援する国家構造を採用している。ベトナムも社会主義国家として同様の方向性であり、タイやカンボジアもこの道を進んでいる。フィリピンはアメリカやヨーロッパの影響が強く若干特殊だが、社会保険制度の構築を進めている。
一方、マレーシアとシンガポールは特殊なケースである。これらの国々はイギリスの植民地支配の影響を受け、小さな政府の役割を強化する方向で制度設計されてきた。例えばシンガポールの中央積立基金(Central Provident Fund: CPF)は社会保障と呼ばれているが、実質的には個人口座に基づく強制貯蓄制度である。この制度では個人が蓄えた資金のみが利用可能で、それを使い果たせば終わりという仕組みだ。マレーシアの被雇用者積立基金(Employees Provident Fund: EPF)も同様の制度である。これはイギリス本国では政府が国民を「ゆりかごから墓場まで」面倒を見る一方、植民地に対しては個人責任を強調するというイギリスの二重基準の表れでもあった。その仕組みが現在も受け継がれていて、シンガポールとマレーシアの社会保障制度の中心にある。自己責任が根幹にあり、所得再分配の機能は限定的となっている。
インドネシアは現在、日本のような社会保険制度を中心とした福祉国家を目指すのか、それともアメリカ型の最小限の社会保障で個人責任を重視する国家を目指すのか、その選択肢の間で揺れている。社会保険を充実させるなら、なるべく早く制度を整備する必要がある。
年金保険料を例に取ると、インドネシアは現在わずか3%の保険料率だが、日本は18.3%、ベトナムは22%を徴収している。ILOは2015年頃の段階で、インドネシアは8%まで保険料を引き上げる必要があると試算し、大統領令もこれを踏襲したが、今日にいたるまで実施されなかった。さらに2022年のデータを使ったILOの財政検証では、約10年間保険料を上げなかったことにより、15%の保険料徴収が必要という試算をした。これは政治的交渉の余地のない数学的に決まる数字である。
福祉国家を目指すのであれば、早急に保険料を引き上げ、給付水準も向上させる必要がある。しかし、労働組合と政府の間の交渉は難航している。労働者は賃金からの天引きに強い抵抗感を示し、労働組合の幹部も「手取り減額」について組合員を説得できないでいる。
インドネシアの社会文化的特徴として、平場で議論をする素地がなく、上からのトップダウンでしか動けない傾向がある。相手の意見に反論することが批判につながるという認識から、妥協点を探る建設的な対話が生まれにくい。このような社会構造が社会保険改革の障壁となっている。しかし、同水準の給付を実現しようと思えば、引き上げのタイミングが遅くなればなるほど、より高い保険料や税率に設定しなければならない。将来の世代の首を絞めることになる。
政策面では、零細企業に対する最低賃金の免除も問題だ。インドネシアの企業の9割以上が零細企業であり、その従業員のほとんどが最低賃金の適用を受けていない。これは将来の年金給付額の低下にも直結する。
少子高齢化の進行を考えると、時間的猶予はない。現在の60歳以上人口は3000万人を超え、2045年には7000万人に達する見込みだ。しかし社会保障の準備状況は、同様に高齢化が進むベトナムに比べても大幅に遅れている。年金保険料も、インドネシアは3%、ベトナムは22%であり、インドネシアの方が圧倒的に低い。保険料率が低いということは、給付額も当然低く設定される。加入者も2000万人程度にとどまっており、ほとんどのインドネシア人は無年金のまま老後を迎える。このままでは、次世代には耐えられないほどの負担が課されることになる。
政府は選挙サイクルである5年程度の短期的な視点で政策を選択する傾向があり、20年、30年先を見据えた一貫した政策を実行することが難しい。実際、自分の任期中に人気が取れれば、長期的に負担が増える政策でも構わないと公言している人もいると、漏れ聞くことも多い。
また、インドネシアは内政重視の姿勢を取り、国際基準よりも自国の事情を優先する傾向がある。他国の例を参考にするのではなく、独自の社会保障制度を作ろうとする意識が強いが、それによって失敗するケースも多い。
このままでは20年後、インドネシアは極めて厳しい状況に陥る可能性が高い。無年金の高齢者が大量に退職する一方、現役世代は自らの生活で手一杯となり、高額な税・社会保険料負担に苦しむだろう。日本の現状以上に厳しい負担が将来のインドネシアの現役世代に課されることになる。
この状況を変えることができるのは、今日責任あるポストについている世代である。危機感を持って政策を立案している政府官僚も一部には存在する。彼らを支援し、今日のインドネシア人だけでなく、20年後、30年後のインドネシア人のためになる政策を今作ることが重要である。そうした仕事を私たちは支援していく。
※この記事は、AIが筆者のポッドキャストを文字起こし・執筆し、筆者が編集したものです。