政策支援で期待される成果と資金繰りへの影響

資金繰りの問題で言うと、人道支援のように黙っていても人道危機が起き、資金提供者から声がかかることは、私の分野ではありえない。社会保障や政策支援は、納税者や消費者には成果の見えにくい分野であり、人道援助に比べると資金調達が難しい。ILOの中でも、ほとんど資金がつかないところだ。そういう状況でどのように事業経営をしていくかといえば、まず目立たなければならない。目立った上でしっかり実績を出す。目立つというのは日々の発信が大切であるということだ。

実績を出すというのは、「何人受講した」といった研修実績のように単純ではない。社会保障分野で言うと法律が可決されたということであり、可決された法律の中に私たちの事業から提案したことがどれくらい反映されていて、それによって社会保障の適用人数がどれくらい増えたか。そこまで説明しなければ成果として認められない。

ILOの仕事の中でも私たちがやっている仕事の難易度は非常に高い。他の事業は何人研修したかがKPIになっている一方で、私たちの仕事は法律可決などのレベルなので、事業実施期間中に成果が出るかどうかについては、ほとんどコントロールすることができない。国会や政府がやらなければならない仕事だからだ。

実際、ILO本部社会保障局が設定する二カ年計画では、法令が改正されたかどうかのみを報告対象としている。毎年成果報告を行うのだが、「法案へ提言をした」等では相手にされず、あくまでも法令改正のみを対象にしている。

なお、自慢ではないが、ILOの中では法令改正にかなり多く携わって実績をあげている方だと思う。それでも、独立採算制のため、よい成果をILO本部へ報告したからといって、予算が割り振られたり、昇給や契約延長がオファーされることはない。それとこれとは完全に別の話で、私の仕事はあくまでも現場で事業経営をし、自分と部下の給与を払いながら成果を出すことだ。これまで現場の事業経営をして十年近くたつが、ILO本部から自動的に予算配賦を受けたことはただの一度もない。

さて、話を戻す。政策支援と言う政治や行政に振り回される分野においてコンスタントに成果を出すためには、どのような事業経営をしなければならないか。私が重視して日常的にやっているのは、依頼が来る前から調査や研究、提言のまとめを着実に行うことだ。分野もかなり広くなり、使用機会の訪れない研究成果、「無駄打ち」も増える。

たとえば、失業率の上昇が昨今の世論を騒がせているが、今盛り上がっているから雇用保険制度の話を追いかけるのではなく(もちろんそれもやるが)、今後課題として政策議論に上がりそうなものを、先読みして先行投資する。産休手当や国民年金の新設、労災保険料の引き上げなど、あらかじめ長い目で状況を見て先回りするのである。

先行投資するにはもちろん資金が必要であり、資金提供者の方々に説明しなければならない。今関係ないのになぜやるのかということについて納得してもらうには、目の前にある課題を着実にこなし、実績をコンスタントにあげていくことで信頼を積み上げることが大切だ。

私と私のチームが培ってきた信頼関係がベースにあって、ILOはインドネシアで社会保障事業を展開している。実際、私が2020年に着任するまでは、インドネシアに特化した社会保障事業はなかった。バンコクやジュネーブから外国人スタッフが時々やってきて、細々と支援していた。私が事業継続を止め、インドネシアを離れる決断をすれば、ILOが社会保障事業をインドネシアで展開していくことは難しいだろう。新しいスタッフが新たに資金源を作り、事業形成しなければならないわけだが、先進国入りするインドネシアでゼロから事業立ち上げを行うことは容易ではない。

私以外の同僚の話にも触れたい。社会保障分野で政策支援を行っているマネージャーは、アジアに数名いる。アフリカや中東地域にも同僚がいるが、社会保険がほぼ存在しないため、要求される専門性の段階が一つ下がる。政府の鶴の一声で税源を使って現金給付を行う制度(生活保護)が社会保障の大部分を占めるような国と、保険料の支払いを国民に求める社会保険制度の改正作業では、利害関係者の数と対話や調整に係る労力が異なる。それに比べてアジアの同僚は、社会保険制度の困難な改正作業に日々携わっている。専門性が異なるのだ。

また、資金調達の面でも貧困率の高いアフリカ地域の方が資金は集まりやすい。当該国の政府にとっても、社会保障や貧困削減の名目で有権者に現金を配布する制度は優先度が高く、資金提供者である西側諸国も新しい政権を支援するといった外交上のメリットがある。こうした力学の中で、国際機関が新規事業を立ち上げる。一方、社会保険が中心のアジアでは、先進国でも選挙公約になるような複雑な政策を支援することになる。それをインドネシアで行い、実現した政策を成果として日本政府へ説明し、新たな資金拠出をお願いする。アフリカや中東における仕事が簡単だと言っているのではなく、アジアにおける仕事には、こうした難易度の高い状況があると言いたいのだ。

ちなみに、こうした専門性の違いは、採用にも響く。アフリカで経験を積んだ社会保障人材がアジアで採用される可能性は低い。社会保険をベースとした国で実績がなければ、アジアの議論にはついていくことが難しいからだ。こうした状況をわかっている採用担当は、どの地域でキャリア形成をしてきたかを見る。たとえば、バンコクのポストに、アフリカでしか経験がない人が来ることはほとんどない。組織的なサポートがない組織であるがゆえに、個人ですべての仕事を回さなければならない。だからこそ、人選は大切なのである。


※この記事は、AIが筆者のポッドキャストを文字起こし・執筆し、筆者が編集したものです。