インドネシアの社会保障改革、国民健康保険に中間層を取り込めるか?

新社会保障機関(BPJS)はインフォーマル経済をターゲットに

インドネシア政府は2014年、大規模な社会保障改革を実施した。以前は4つの異なる省庁が5つの社会保障プログラムを別々に運用していたが、これらを一つの政府機関に一元化する抜本的な改革。こうして誕生したのが、社会保障機関(Badan Penyelenggara Jaminan Sosial: BPJS)である[1]

インドネシアの社会保障政策における最大の課題は、巨大なインフォーマル経済へいかにしてカバレッジを拡大するかにある。一般的に、開発途上国における社会保障政策は貧困削減を目的としているものが多い。貧困削減をうたっていれば耳障りは良いが、貧困を脱出した世帯に対する支援枠組みが無いことに問題がある[2]。つまり、中所得層は低所得層に陥るリスクが極めて高いにもかかわらず、低所得層に舞い戻るまで支援が開始されないというのが多くの開発途上国における現状だ。

インドネシアの場合も同様で、貧困層や企業勤めの正規社員に対する社会保障プログラムは存在したが、中所得層を積極的に取り込むことを目的とした制度はなかった。異なる省庁がそれぞれの担当分野に属する人々を対象として支援してきたため、多くの中間層が取り残されてきたわけである。

こうした課題に対応するために、BPJSは設立された。特に、中間層の多くが生計を立てるインフォーマル経済へ社会保障カバレッジを拡大することが至上命題となっている。

国民健康保険(JKN)の課題は保険料ではない

BPJSが最も注力しているのが国民健康保険(Jaminan Kesehatan Nasional: JKN)[3]である。低所得層への手厚い保護はもちろん、健康保険のカバレッジが無いインフォーマル経済で生計を立てる中間層の任意加入を促進することを狙っている。

JKNは低コストで充実したサービスを提供している。しかし、非正規労働者の多くは加入を躊躇っているようだ。なぜだろうか。単純に思い浮かぶのは、保険料率をさげればよいということ。しかし、インドネシアの国民健康保険の拡充には、どうやら保険料率以外の要素が大きいようだ。

非正規労働者の400世帯を対象に行った調査結果がある[4]。これによれば、70%の世帯が新しく導入された保険料率での加入を望んでいるが、実際には18.7%の世帯しか保険に加入していなかった。そして未加入の最大の要因は保険料ではなかった。

非正規労働者がJKNへ加入するための2つの障害が指摘されている。まず、保健システム側の問題。物理的に利用可能な保健サービスが少ないため、健康保険に加入しても治療を受けるのが難しい。たしかにそれでは保険に加入するメリットはないに等しい。次に、保険に関する理解が不十分であること。まだまだ保険制度は新しい試みで、メリットやコストに関する理解が広がっていないようだ。


[1] 鈴木久子. 2014. インドネシアの公的医療保険制度改革の動向.
[2] 敦賀一平. 2016. アジアの社会保障の課題は、貧困を脱した中間層がカバーされていないこと.
[3] 国家医療保険と訳されることもある。
[4] Dartanto et al. 2016. Participation of Informal Sector Workers in Indonesia’s National Health Insurance System.