インドネシア社会保障法改正と家政婦法案の動向(6月上旬の活動の振り返り)
6月29日現在、ジャカルタでは例年より長い雨季が続いている。本来であれば乾季に入る時期だが、秋のような気候となっている。今月の活動を振り返ると、インドネシアの社会保障制度改革と労働法制整備において、政府機関や国会との重要な協働が相次いで実現した。
5/28 省庁間会合 社会保障法改正
6/10-12 介護家計調査
6/13 国会DPD 社会保障法改正
6/17 国会DPR 家政婦法。
5月28日、コミュニティエンパワーメント調整省(ケメンコPM)主催の政府間会合に参加した。2日間の日程で開催されたこの会合では、市民団体も含めた拡大形式で社会保障法改正について2回の会議が行われた。筆者は国際労働機関(International Labour Organization: ILO)の社会保障最低基準条約について説明し、インドネシアが国際基準を満たす制度改正を実施する場合のコスト試算と実現可能性について提言した。
この会合で注目すべきは、国会第3委員会事務局トップの参加であった。同氏の発言により、国会地方代表議会(DPD)第3委員会で社会保障法の新改正案を作成中であることが判明した。会合後、廊下で待機して挨拶し、WhatsAppの連絡先を交換した。立ち話でこちらの活動内容と協力可能な分野について説明したことが契機となり、6月13日にはジャカルタ市内ホテルで開催された専門家会合にピアレビュー形式で招聘された。
この専門家会合には筆者を含め4名の専門家が参加し、外国人は筆者のみであった。参加者は全て知り合いであった。20~30分のプレゼンテーションで、現在の社会保障法改正案の公開提案、不足している要素の指摘、特に年金制度の全国民適用に必要な制度改正について包括的に説明した。その後1時間の意見交換が行われ、様々な出会いがあり、今後の協働機会創出につながった。
法案作成チームは、長年労働運動に携わりBPJS雇用のボードメンバーでもあるレクソン・シラバン氏がチームリーダーを務めている。大学法学部教授陣が中心となって実際の法案ドラフト作業を担当している。インドネシアでは法案提出時に学術研究ペーパーの添付が義務付けられており、このアカデミックペーパーと法案原文を2~3日前に事前共有いただき、それに対するレスポンスとして提言を行った。
並行して6月10~12日には、ジャカルタで介護制度構築の基礎となる家計調査を実施した。ガジャマダ大学に一部外注したサンプリング調査で、当初3泊4日の参加予定であったが、国会委員会会合が急遽6月13日金曜日に設定されたため、1日早く介護家計調査を切り上げてジャカルタに戻った。
この介護家計調査は400件を対象とし、インドネシアで最も少子高齢化が進むジャカルタでの介護実態を把握する重要な取り組みである。若いインドネシアという国において、ジャカルタは最も少子高齢化が進んでいる地域であり、そこでのベンチマークとエビデンス構築により、将来のインドネシア介護保険制度設計の根拠資料となることを目指している。政府からの依頼に先立って企画・開始したもので、政府側に話をしたところ強い関心を示し、政府戦略との合致を確認できた。
6月17日には国会衆議院(DPR)職員がILOジャカルタ事務所を訪問し、家政婦法案のドラフトが共有された。この法案は家政婦の労働者としての権利を定めるものだが、20年間審議が続く懸案事項である。インドネシア民主化後からずっと可決されずにいる法案で、その都度盛り上がりを見せては見送られることを20年間繰り返してきた。新大統領就任により家政婦法案を通すという政治的プレッシャーが高まり、DPRで具体的な法案作成と可決に向けた動きが活発化している。
しかし法案内容を確認したところ、極めて問題が多い。大まかに言うと本当に骨抜きになっており、政治的に可決させるためだけの、あまり論争を呼ばない内容となっている。現時点でこの問題について先方に伝えており、先方もそれを理解している。政治的に通さなければならない法案であるため、労働者と雇用主が揉めないよう、形だけでもこの法案を可決しなければならない立場にあるとのことである。
とはいえ、骨抜きの法案を通してもこの国の人々のためにはならない。400万人の家政婦がいるにも関わらず、その人たちの悪い現状を認めるような法案になっている。この法案が通ることによって、おそらく何も変わらないということを率直に伝えた。先方もそれをよく理解しているようであった。
具体的な問題点として、まず適用対象の曖昧さが挙げられる。家政婦と言った時に誰が含まれるかというと、ドライバーも含まれる。それぞれの家庭で雇用している人たちほぼ全てが対象となる立て付けとなっている。ドライバー、セキュリティ、ベビーシッター、お手伝いさん、清掃員など全てを含めてこの法案でカバーされることになっている。
そもそもこの法案の立て付けがおかしいのは、労働省ではなく別の省庁のライン、おそらく議員立法という形で作られていることである。法案の内容を見ると労働法とは別にこの法案を立てることになっており、あくまでも労働者の権利を労働法の外で定めるような立て付けとなっている。
それが具体的に現れている違和感として、通常雇用者が人を雇う時には地方労働局に登録しなければならないが、この法案の下で保護される家政婦については、地方労働局への登録義務がないことになっている。その代わり、それぞれのコミュニティのヘッドに伝えなければならないということになっている。かなりインフォーマルな形で状況が動いており、それを肯定するような法案となっている。
より細かいところでは、労働時間、賃金、休暇といった基本的な労働者の権利として定められるべき事項について、引き続き使用者と労働者の間で個別の雇用契約で自由に決められるという内容になっている。そこには最低基準が全く規定されていないため、何の法律なのか全く分からないような形となっている。現行制度上で労働者として規定されていない人たちが労働者として規定されることにはなるが、労働者として規定されたとしても他の労働者と同じ扱いにはならず、いわゆる労働基準が適用されない新しいカテゴリーの脆弱な労働者が作られる法案である。
社会保障の社会保険加入義務については、労災保険とJKK(労働災害保障)、JKM(死亡保障)の2つについて加入義務が出てくる。さらにJKN(健康保険)も含まれる。しかし、社会保険料は払う必要はなく、社会保険料については政府が中央政府の税財源で支出するということになっている。
この扱いは国民健康保険JKN(BPJS保険のJKN制度)でPBI(保険料免除制度)がある仕組みと同じである。約1億人がこの制度の適用を受けて保険料を払わずに健康保険に加入しているが、この家庭で働く法で保護される労働者についても、この制度の適用となると書かれている。
つまりこの法案の基本的なコンセプトは、新しい労働者・従業員のカテゴリーを作るということである。そのカテゴリーは通常の従業員の下に作るということになる。通常の従業員は例えば企業で働いている人たちで、基本的には2つの大きなカテゴリーがある。中企業・大企業というカテゴリーと小企業・零細企業の2つのカテゴリーが基本的にある。
小企業・零細企業については、社会保険の加入義務が緩い。緩いというのは強制の範囲が狭いということである。それプラス最低賃金の支払いが免除されたりしており、労働契約で定められるという風になっている。ただし、そこについても一定のルールがあって、最低賃金の50%以上かつ貧困線の125%以上という範囲内で最低基準以下の賃金を定めることができるという風になっている。最低基準以下の賃金を合意できるという時点でおかしいが、このカテゴリーの零細・小企業の従業員についてはあくまで一定の数式がその法律には定められている。
一方、この家政婦の人たちについてはその方程式・算出方式すら書かれていないので、下限が設定されていない。現状ある大きく2つに分けられる従業員のカテゴリーのさらに下に新しいカテゴリを置く、そういった法案になっている。
この点についてはとんでもないことであることを伝えた上で、この新しい法案を作ることによって、貧しい労働者を貧しいまま合法化する、そういう扱いを合法化するという後押しをする法律になることを明確に伝えた。それがこの国の400万人の家政婦・家庭で働く人たちの将来になるということでいいのかという風に伝えた。これからまだおそらく審議・議論が続いていくことだと思うが、基本的には現状の法案のまま可決すると、また新しい貧困層が規定されることになる。
言い忘れたが、健康保険やこのJKK・JKMという制度の保険料支払い免除というのは貧しいから免除するということで、健康制度下では規定されている。この従業員に対しては従業員にも関わらず、貧しいということを法律の中で定めている。従業員であるにも関わらず、貧しいということを前提に法律を作っているからこそ保険料免除しないといけないと書いてある。
労働者の権利を確立するための法律なのに、そこにこの労働者は貧しいということが書いてある。それでいいのかという話である。通常の感覚ではダメということになるが、骨抜き法案でも政治的に表向き、この法律を通すことで人権に配慮しているということを見せたいのであろう。それ以外に考えられない理由はない。
この法律の中身を見ると、目的としては可決することが目的で、新しい労働者のカテゴリーを作るということが目的である。ただし、この労働者を保護するという本質は含まれていない。いずれにしてもこれはまだ少し議論が続くと思うので、できる限りフォローしていきたい。
今回の一連の活動を通じて明らかになったのは、インドネシアの社会保障・労働法制改革において、政治的配慮と実質的な労働者保護の間に大きな乖離があることである。社会保障法改正については建設的な議論が進んでいる一方で、家政婦法案については形式的な法制化が優先され、真の労働者保護が軽視されている現状が浮き彫りになった。引き続き専門的知見を活かした提言活動を継続し、実質的な制度改善につなげていく必要がある。
※この記事は、AIが筆者のポッドキャストを文字起こし・執筆し、筆者が編集したものです。