広報に経費を割くインドネシアの商習慣

ジャカルタで仕事をしていると、写真家やビデオグラファーや映像・照明・音響を仕事にしている人の多さに驚く。ジャカルタの四つ星以上のホテルはほぼ例外なく大会議場をいくつも持っていて、平日は官民問わずホテルを会議で使用するため、どこも満室となる。広報・会議運営の需要は大きい。

インドネシア商習慣では体裁を異様に重視する。中華文化の「見栄」とも少し異なり、肩肘張らず自然体で表向きを重視しているように感じる。新しい物好きの国民性も相まって、テクノロジーもふんだんに使った会議運営や広報余念がなく、予算配布も潤沢になされている印象がある。

例えば、百人規模の会合となれば、大道具部隊が十数人規模で舞台設営を行い、ヘッドセットとインカムを付けた照明・音響総括が会場を俯瞰し、最後尾には音楽イベントさながらのコンポーザー舞台が十人体制で演出を担当する。

パネルディスカッションで舞台に呼び込まれる際には格闘技さながらの入場演出が行われる。巨大なスピーカーからは盛り上がる音楽が爆音で流れ、電子バックドロップ(舞台背景)には腕組みをした登壇者がデカデカと映し出される。入場演出が終わってから、登壇者は話し始める。

こうした会合はYoutubeで同時中継されることが多く、テレビカメラと同じ機材が二箇所に配置され、広報部隊が配信する。カメラマンは会場を歩き回り、高画素の写真はSNSを通じた広報に使われる。

こうした商習慣は小さなカフェや個人商店にも浸透している。例えば、景気の良いジャカルタでは日々カフェや商店が新規開店しているが、店主が最初に行うことはプロの写真家に商品や店内を撮影してもらうこと。レビュー件数がゼロに近い飲食店でも、現実と遥かに乖離したきらびやかな写真がグーグルマップに並ぶ。

こうした広報需要を踏まえ、写真や映像を専門とする大学や専門学校も多く設立されており、次世代の専門家が育成され続けている。市内のカメラショップでは、日本メーカーの最新機材が日本と同じ価格で売られている。需要が多いためか、日本で数週間待ちの機材もジャカルタでは即日納品が可能な状況となっている。

経済社会情勢を俯瞰し、政策を仕事にしている身としては、若干の不安もある。一般的に景気が悪化すると、企業は真っ先に広告費を削減する。コロナ禍では政府もそれを理解していたのか、官公庁の会議運営予算を拡充し、積極的に内部会議をホテルで行うようにした。

生活必需品の価格が中高所得層の収入と大きく乖離する現在の社会では、コミュニケーション産業に従事する多くのフリーランス労働者たちも一時的な収入減で路頭に迷うことはなかった。しかし、平均所得が向上し、彼らの収入が中高所得の水準から転げ落ちてしまったとき、この産業に従事する大量の労働者はどこへ向かうのだろうか。これほど多くの労働者がコミュニケーション産業で働く社会私は経験したことがない。