官僚への支払い
昨年あった出来事の話をしよう。政府からの要請で政策対話を支援することとなった。しかし、準備を進めるにつれ、ちゃぶ台返しのような話が出てきた。招待者への支払い問題である。
私がこれまで支援してきた政府機関からは、金銭を要求されたことはない。支援要請を受け、時間や経費をかけて技術協力するのが私たちの付加価値であって、官僚へフィーを支払わないことにしている。しかし、残念ながら今回は登壇者へフィーを払うように要求された。
まず、政府からの登壇者へはフィーも交通費も払わず、労働組合と学術界からの参加者へのみ交通費を支給する旨、私から説明した。そこで、猛反発があった。反論の趣旨は、「私の名前で招待する客に対してフィーを払えないのは恥ずかしい」とのこと。こちらとしては、「知ったこっちゃない」という話である。
そもそも、私のところの予算で会場設営などすべて負担し、先方は招待状を送付するだけの役割で、当日も私のチームがすべて仕切る手筈になっていた。私のチームスタッフの報酬、十数人の会議運営チームの傭上費、設営経費を含めると、私のチームからは既に200万円近く支出していることになる。ここまでお膳立てしているにもかかわらず、さらに登壇者へフィーを払えと言うのは何とも横暴な要求である。
この会合の計画段階では、政府側も費用負担することが前提で、私たちは支援することとなっていた。政権が変わり、予算削減の圧力が内部的にもあったのだろうが、前提を既に覚えていない物言いであきれ果てた。仕舞いには、「政府の規則に従うべきだ」とまで言われ、「知ったこっちゃない」と返答した。
そもそも、政府職員が外部会議へ出席することで大金を稼ぐことは、インドネシアでは合法である。私はこれを合法的な汚職として嫌っているし、色々な場面で指摘している。官僚の給与は5万円程度のはずだが、会議出席手当などを省庁間で融通したりしており、すべて合わせると50万円程度になる人もいるそうだ。本来は官僚の給与が低すぎるのであれば基本給を引き上げ、こうした「副業」を禁止すべきだ。そうすることで、良い人材が官僚を目指すようにもなる。しかし、この国では駆け出しの官僚は最低賃金で働き、偉くなれば副収入によって突然富裕層になる仕組みがあり、甘い蜜を吸うことができる役職にいる人々には改革するインセンティブはない。一方、政府機関の中でも徹底して金銭の受領を拒む組織もある。
最低賃金5万円を数%引き上げる議論をしたり、それ以下の月収で暮らす自営業者へ社会保障を適用する議論をするときに、15分の発言に1万円のフィーを支払うよう要求してくるとは、国際社会一般の常識からは到底恥ずかしく、発言すらできない事案である。それをまったく恥ずかしげもなく、「政府規則でそうなっているのだから、支払うべきだ」と要求してくるのは何ともこの国の合法的な汚職体質を体現している。
こうした「手当」の存在を世間はよく知っていて、それを汚職と呼んでいる。「合法」が必ずしも正しいことではない。また、そうした状況をおかしいと思っていても、組織内で指摘し改善する自浄作用が、インドネシアの役所、ひいては社会全体に存在しない。事なかれ主義や媚びを売ることが社会の基盤にあり、互いの利害関係に立ち入らないことで社会は回っている。しかし、こうした個人レベルでの姿勢が変わらない限り、この国は良い方へ向かわないだろう。一部の人が豊かになり、大多数が犠牲になる構造が維持されるだろう。
まとめると、政府側も予算確保する約束をした上で技術支援を要請し、技術支援を開始すると、会合への出席に際して金銭を要求してくるという話だ。残念な話だが、国際機関にも責任があり、長年にわたって官僚に手当を支払い続けている。私のように支払いを拒む者の方が少数で、「合法的に政府規則が支払いを求めている以上、支払う」としている国際機関がほとんどだ。また、国際機関だけでなく、様々な会合で官僚への支払いは合法的に行われていると聞く。
ともかく、この議論をしていてもどうしようもないので、規定に基づき登壇者へ支払うことにした。しかし、将来的に一緒に仕事をすることは減るだろう。私たちの技術支援を金銭の授受なしに期待している人々や機関が他にもたくさんある。そうした人々と仕事をしたい。もう二度と、合法的な汚職の片棒を担ぐことがないように。
今回の事案は私の職業人としての人生において極めて屈辱的なものだった。