データと指標を制する者はSDGsを支配する
持続可能な開発目標(SDGs)が採択され、お祭り騒ぎが一巡した。賽は投げられ、いよいよこれから具体的な行動を起こしていくべきなのだが、開発援助業界には残念な慣習がある。採択されるまでは騒がれ、採択された後は大した注目を集めないという、援助業界の「あるある」ネタだ。
今回のSDGsも放っておくとそうなるだろう。議論を風化させず、前に進めるために、この場で少しずつ問題提起していくことは意味があると思いたい。
面倒な交渉は国連にやらせておけ、実施段階で支配する
SDGsが採択される前のことだった。世界銀行職員とSDGsについて議論していた時に示された見解だ。鮮明に記憶に残っている。
「SDGs採択までの面倒な政治的交渉は国連にやらせておけば良い。そこでどのようなゴールとターゲットが設定されようが構わない。目標が決まった段階で主導権を握る。設定されたターゲットをどのような指標で、どのような計測方法を使ってモニタリングすべきか。実務レベルの議論をリードできるのは世銀だけだ。そこで議論を支配すれば全てをコントロールできる。」
「私たちが世界で一番指標(計量・統計)に強い。どのようなゴール・ターゲットであっても、最後は世銀のスタンダードが世界のスタンダードになる。だから、交渉事に無駄な労力を割く必要は無い。指標を作る段階で、自分たちの思うように料理すればいい。」
事実、SDGsのゴールやターゲットは設定されたが、指標や計測方法は設定されていない。例えば、ゴール1は貧困撲滅だが、貧困の定義は決められていない。誰がどうやってモニタリングしていくのかも合意されていない。
その矢先、世銀が国際貧困線を1.90ドルへ改定したことは記憶に新しい。おそらく、ゴール1の貧困撲滅は、「1.90ドル以下で暮らす人々の数をゼロにすること」で定義されていくことになるのだろう。まさに先手必勝。
かなり強烈な意見だった。多くの開発パートナーが「SDGsに何の要素を入れるか」に注力する中、実施段階で議論をコントロールしようしている点は、「さすが」の一言に尽きる。
キーワードは「データ」-SDGsへ向けた日本の開発援助の課題
恥ずかしながら、「日本の援助はこんなに素晴らしいんです」と胸を張って言えたためしはない。それはなぜか。ほぼ例外なく、統計的に正しい手法で案件のインパクトの評価を行ってこなかったからだ。統計がすべてではないことは理解する。しかし、主観的に主張するだけでは誰も聞いてくれない。当然のことだろう。
日本語で「SDGs」と検索してみて欲しい。検索結果はどれも「SDGsが採択された」という事実のみ。日本国内の開発パートナー(政府機関、NGO、民間企業、市民団体、宗教団体等)が、どのようにSDGsへアプローチしていくつもりなのか、議論されている例は極めて少ない。
オールジャパンでSDGsへ取り組むためには、MDGs時代のままではいけない。変革のためのキーワードは「データ」だ。
世界銀行の全てがよいとは思わない。しかし、事実として、家計調査データをしっかり収集し、実施した案件のインパクトを分析できる体制を作っている。この点を日本も見習わなければならない。
日本の援助の決定的な弱点は、個人力。組織全体を見れば、高度な調整能力と事務能力は世界一。しかし、統計学の手続きに則ったデータ収集・定量分析に関しては、実施体制が全く整っていない。
2030年まで、まだ15年ある。自分たちが実施する案件を定量的に評価できる体制を整えたい。今からでも遅くはない。
ローマは一日にしてならず
こういう新しい試みを提案すると、すぐにでも成果を出したいと考え、外注しようとする動きになるかもしれない。しかし、内部人材を育て、外注せずに実施できる体制を作り上げることこそが重要なのだ。
いったん外注してしまえば、美しい評価結果は手に入るだろう。しかし、データ収集や分析の過程で、どのような処理がされているか把握することは難しい。
データや指標というのは、一見すると客観性を持っているように見えるが、分析者が望ましいと考える結果に恣意的に操作されていることが多々ある。
15年後に、「こんなに頑張りました」と後付けで、エビデンスもなしに作文しなければならない状況は、とても寂しい。
今から実施体制を抜本的に見直し、案件のインパクトを正しく評価できる人材の育成と実施体制を整えておくべきだと考える。
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