日本が国際開発コミュニティに馴染めない理由
なぜJICAのプレゼンスが国際的に低いのだろうか?
開発援助業界において、日本のプレゼンスが低い。そう言われたことはないだろうか。日本がトップドナーであるアジアで仕事をしている方は感じたことがないだろう。アフリカやラテンアメリカで活動している方も、「プレゼンスは低いが認知されている」と感じるのではないだろうか。これがヨーロッパや、ましてやアメリカへ行くと、活動の認知度はほぼゼロとなる。
国際協力機構(JICA)で勤務する中で、先進諸国の実施機関、シンクタンク、国連機関と仕事をしてきたが、「JICAって何?」「日本は何をやっているかわからない」と言われることが多々あった。その度に活動の説明をするわけだが、少しずつ、国際開発コミュニティに日本が馴染めない理由が見えてきた。
専門性の深化など、克服しなければならない課題はたくさんあるが、ここではコトバの問題に焦点を絞って考えてみたい。
言語ではなく、コトバの問題
このトピックで議論すると日本の関係者からは、「語学力の問題」という声が多くあがる。たしかにそれも一理あるが、もっと大きな問題はコトバの違いにある。英語と日本語の違いではなく、専門用語の定義や概念の違いだ。
たとえば、国際保健の文脈で、日本はユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を推進しようとしているが、国際的には社会的保護(Social Protection: SP)の分野に含まれると考える人も多い。UHCの本質は、貧困層へ保健サービスのアクセスを保障することであって、コミュニティヘルスや医療保険の拡充が具体的な活動の柱となる。一方、医療保険を含む、貧困層の社会サービスへのアクセスに資する給付プログラムは、SPで議論されることが多い。重複部分と重複しない部分を明確に説明できれば、開発コミュニティの理解が得られるだけでなく、SP分野との有益な連携も生まれることだろう。もちろん、世界保健機関(WHO)や世界銀行の国際保健分野の仲間内の議論であれば問題ないが、相手を見極めてコトバを使い分ける必要がありそうだ。
また、産業開発の文脈では、日本はKAIZENを広めようとしているが、英語で説明する場合にはTQM(Total Quality Management)といったほうが理解を得やすい。厳密にいえば異なる概念だが、ひとまずTQMから説明をスタートして、KAIZENはそれとどう重なり、どう異なるのか説明することで理解が得られる。
民間企業との連携についても、コトバの壁を感じる分野だ。日本で企業連携といえば、官民連携(Public Private Partnership: PPP)という用語を使い、公的機関と民間が連携してインフラ整備を行ったり、BOPビジネスを公的機関が支援したりすることをイメージする。一方、アメリカでは、民間企業との協力に関するキーワードはイノベーションだ。「開発における民間企業の役割」という会議へ出て、全く議論がかみ合わないと感じたことがあれば、このコトバの問題が理由かもしれない。
「人間の安全保障」は理解されているのか?
最後に、日本が長らく開発援助の主軸にしてきた人間の安全保障(Human Security)を考えてみたい。国際政治学や人道支援分野ではある程度認知されているかもしれないが、開発援助コミュニティではほぼ認知されていない。開発援助の文脈で人間の安全保障が使われるのは「欠乏からの自由」の観点。つまり、経済的な不自由、貧困からの脱却を意味する。似たような概念で、人間開発(Human Development)、包摂的成長(Inclusive Growth)、内包的開発(Inclusive Development)がある。人間の安全保障を専門としている方から「厳密には定義が異なる」と言われたことがあるが、多くの実務家は厳密な定義など気にしていないことの方が多い。実際、人間の安全保障というコトバを使うと、上記の3つとほぼ同じ意味で受け取られることが多い。
コトバの壁を克服すれば日本の開発援助は国際舞台でデビューする
このように、同じ分野で同じ目標に向かって活動しているにもかかわらず、使うコトバが違うことによって議論が噛み合わない場面を多々見てきた。
「定義や概念を日本が作り、リードするのだ!」という気概は否定しない。しかし、多くの場合、コトバの定義や概念は、国際機関や欧米諸国によって決められるのが実態だ。影響力の強いこれらの機関が決めるコトバと、日本が独自に生み出した概念にどのような重複と棲み分けがあるのか。日本側が相手の概念を理解したうえで説明しない限り、日本の国際的プレゼンスは向上しないだろう。逆に言えば、コトバの壁を克服すれば、日本のきめ細かな開発援助が国際舞台に華々しくデビューする日も然程遠くはないと感じる。
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