インドネシアらしさと仕事の難しさ、ロンボク島クタのホテルでタクシー手配

チェックイン時にホテルのレセプションで帰りの空港タクシーの予約を頼んでおいた。「いくらですか?」と尋ねると、15万ルピアだと即答する。「それでは、その金額で2日後のチェックアウト時、午前10時に迎えに来るように予約してください」と伝えた。

2日後の朝、ホテルのスタッフは笑顔で「おはよう」と言って、「今日でチェックアウトですね」と言った。「空港までのタクシーを手配した方が良いですか」と、続けて不安な一言。「チェックイン時にお願いしたのですが、もう手配していますよね。」と、念を押す。一瞬考えた後に、「ああ、そうでした」と、思い出したからように相槌を打つスタッフ。これはかなり怪しい仕草だ。続けて、「タクシーが到着したら部屋まで迎えに行くので部屋にいてください」と言われる。それはありがたいと思い、「ありがとう」と返す。

ところが、時間になってもホテルのスタッフは迎えに来ない。待っていても仕方がないので受付へ荷物を持って行き、チェックアウトの手続きを済ませる。そこには例のスタッフはおらず、別のスタッフがチェックアウトの手続きを行った。

タクシー運転手は受付の横で待っていて、その車に乗り込む。ここで再確認をしておくべきだったが、車が走り出してから私は思い出し、「15万ルピアですよね」と聞く。ところが、運転手は「20万ルピアの約束です」と言う。「ホテルのスタッフが15万ルピアと言っていましたよ」と言うと、運転手は困ったように「ボスに連絡します」と言った。

電話を切った後に、「15万ルピアでよいです」と運転手は言う。その30秒後にボスから電話がかかってきて、運転手は「直接話してください」という。聞くと、ホテルが20万ルピアで発注したようで、タクシー会社と言い争っても仕方がない。20万ルピアを支払うことにして、そのまま空港まで行ってもらうことにした。

インドネシアでは人から人への伝言ゲームで仕事が成り立っていて、こういうことがよくある。私が最終確認を怠ったのがまずかった。つまり、運転手とホテルのスタッフがいるところで、価格の話をすべきだった。ただ、仮にそこで価格の話をしていたとしても、もう出発時刻になっていて、私が折れなければ出発しないという話になっただろう。こうした不快なやり取りを避けるためには、第三者(ここではホテル)を介さず、自分で直接タクシー会社と契約することだ。インドネシア人に契約ごとや約束事の交渉を任せておくと、多くの場合でこういうことになる。指示通りに実行することができず、どうしようもなくなった段階でこちらが状況を知ることになり、コストをこちらが支払うことになる。泣き寝入りしたくないのであれば、全部自分でやるべきなのである。

ちなみに、仕事の仕方と言う観点から考えれば、今回の例における改善点はいくらでもある。まず、ホテルのスタッフがチェックイン時に客からのタクシー手配の約束を取り付けた時に、その場で予約を入れておくべきだった。今回の場合は、ほぼ間違いなく予約を入れておくことを当日の朝まで忘れていたのだろう。私が念押しで聞くまで、スタッフは予約を忘れていた。それがバレるとバツが悪いので、その場では「既に予約しましたよ」と言っておき、私がチェックアウトをするまでの間に予約を入れてつじつま合わせをしたのだと思う。しかし、2日前に会話した「15万ルピアで予約を入れる」という約束を忘れていて、20万ルピアで勝手に予約したのだろう。普通の感覚であれば、15万ルピアと言っておきながら20万ルピアで予約することは考えられない。15万ルピアと私に言ったことを完全に忘れていたようだ。仮に言ったことを覚えていて、確信犯で20万ルピアの予約を入れたとしても、「タクシー会社に聞いたところ約束よりも5万ルピア上がってしまうようですが、大丈夫でしょうか」と、私に一言伝えるのが筋である。なお、ホテルのスタッフが「タクシーが来たら部屋まで向かいに行きます」という約束も、たった30分前の出来事なのに、果たされることはなかった。こうした国際社会では当たり前の思考回路を持ったインドネシアの人たちは極めて少ない。この国の人々は、自分の立場が悪くなると途端に小さな嘘をついてしまう。そうすることで、相手からさらなる追求を受けることがないと本能的に考える習慣がついているようだ。

また、運転手も「15万ルピアでよくなりました」と私に伝えた30秒後にその発言を撤回し、「上司と直接交渉してください」と言ってくる。この国では「下の者」と話をしていても意味がない。下から積み上げて、何かが動くことはまずなく、約束したとしても「下の者」が上のものを説得して約束を守るということは、間違いなく起きない。国際社会の常識からすれば、組織対組織の仕事の場面においては、「上の者」だろうが「下の者」だろうが、組織の代表として振る舞わなければならない。しかし、この国では決裁権を持っている人以外と話をすることに何の意味もない。約束をしたところで、「上司の承認を得られないので、直接交渉してください」と、積み上げてきた話や約束を土壇場でひっくり返され、結局、担当の上司と交渉をゼロからすることになる。それであれば最初から決裁権者と仕事をする方が話が早い。

これらの場面にはインドネシアらしさと、この国で仕事をすることの難しさが詰まっている。インドネシアでなぜ、現場レベルの「カイゼン」が起こらないのかも明らかだろう。現場から上司へ説得をする文化はない。こうした状況に危惧するインドネシア人の知人もいて、彼に言わせれば、「上司を説得するガッツがないので、梯子が外されることがよく起きる」ようだ。