インドネシアの政策形成における独自路線志向と国際基準との乖離

インドネシアにおける政策形成過程では、国際基準や他国の事例よりも国内情勢が優先される傾向が強い。数百回に及ぶ政策対話の経験から見えてきたのは、人口大国としてのインドネシアが国際情勢の論理をよりも、自国の国内事情を最優先させる姿勢である。

国際基準や国際情勢については、国内で既に形成された政策を正当化するために活用されるのみで、都合の悪い側面については蓋をするという対応が一般的だ。政策対話の場では国際機関が東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian Nations: ASEAN)諸国の制度設計や国際基準を提示しても、最終的にはインドネシア独自の路線が模索されるべきだという結論に至ることが多い。

この際によく使われる言葉が「イノベーション」である。政府、労働者側、企業側を問わず、革新的なアイデアが必要だという感覚がインドネシア社会全般に浸透している。インドネシアは他国とは異なるため、他国から学ぶことはなく、あくまで参考にしてインドネシア独自の路線を模索すべきという考え方が支配的だ。

しかし実務レベルでは、官僚たちは必ず他国の事例を学び、国際基準に基づいて制度設計を行っている。ゼロから社会保障を設計することは不可能であり、他国の制度をテンプレートとして活用することが一般的だからだ。日本もドイツの社会保障制度をテンプレートとし、それを改善することで独自路線を構築してきた。

民間の商品開発と同様、白紙の状態からブレインストーミングして新商品を開発することは大きな時間的・金銭的投資リスクを伴う。多くの国では既存のテンプレートから制度設計を始め、数年から数十年の運用を経て初めて自国に適した独自政策へと改善していく。しかしインドネシアでは、この過程を省略し、他国が採用していない要素を制度設計に盛り込むことで問題が発生するケースが多々見られる。

具体例として2023年7月に採択された母子福祉法(KAI)がある。同法の目玉は産休制度の延長だ。現行労働法では3か月間の産休を企業が100%給与負担で与えることが義務付けられているが、これを医師の診断書を条件に6か月まで延長するというものだ。表面的には企業側以外の労働者や政府、メディアはジェンダーの観点からこれを歓迎した。

しかし国際基準では、インドネシアが目指すべき方向性は産休の社会保険化だったはずだ。現状の問題点は産休のコンプライアンスの低さにある。インドネシア大学との共同調査によれば、有期契約労働者は産休を取得できない傾向があり、大企業はコンプライアンスを遵守するものの中小企業では守られず、産休手当が支給されないケースが一般的だ。

それにもかかわらず産休期間を延長することは、実質的に給付額増加を意味し、企業側の負担が増大する。結果としてコンプライアンスは向上せず、むしろ低下する可能性が高い。従来守っていた企業も支払いが困難になれば遵守しなくなるだろう。

東南アジアでは、インドネシアとマレーシア以外の国々は産休制度を社会保険化している。日本も健康保険の保険料に産休保険の制度が組み込まれているため、企業が支払わなくても社会保険基金から給付される仕組みになっている。このように国際基準と異なる独自路線を歩んでいるのがインドネシアの現状だ。

もう一つの例は、2020年11月に成立した雇用創出法(オムニバス法)に含まれ、2022年2月から施行されている雇用保険制度である。制度設計段階では労働省社会保障課長と緊密に連携し、国際基準に近い形で設計されていた。しかし国会での最終議決時に、労働側が保険料を支払わないという条項が省庁との相談なく追加された。

この変更は、同法が解雇手当の減額という労働者側にとって不利益な条項を含んでいたため、その見返りとして「スイートナー」(甘味料)と呼ばれる労働者向け優遇措置として雇用保険制度が追加されたことに起因する。プレゼントという建前上、労働者側に負担を強いることはできないという論理だった。

この結果、世界でも例を見ない「保険の受益者が保険料を負担しない」という雇用保険制度設計が誕生した。これにより、政府と企業側が保険料を負担する形となり、政府の財源負担が増加した。間接的には消費税などを通じて労働者も負担しているが、非正規雇用者や未就労者からの税金も正規雇用者の失業給付に充てられるという不均衡が生じている。

さらに、急遽追加された財源負担を軽減するため、政府は制度設計を厳格化せざるを得なかった。その結果、生涯で失業給付を受けられるのは3回までとし、1回申請すると次の申請まで5年待たなければならないというペナルティが導入された。つまり3回受給するには最低15年かかる計算になる。

本来、雇用保険は頻繁に失業する脆弱な労働者を社会全体で支える制度だが、インドネシアの制度は国際基準から大きく逸脱し、独自の形態になっている。結果として毎月約3万人しか給付を受けられず、800万人の失業者のうち対象となり得る約半数の人々がアクセスできない「使えない制度」となっている。

またコロナ禍で立ち上げられた経緯から、全てのプロセスをオンラインで完結させる設計になっている。日本には約500か所のハローワークがあるのに対し、インドネシアには20〜30か所程度の物理的オフィスしかない。政府はデジタル化によるコスト削減を図ったが、現実にはオンラインだけでは対応不可能な状況に直面している。

インドネシアにはデジタル志向が強く、スマートフォン利用にも積極的だが、デジタルに投資資源を集中しすぎるあまり、デジタルツールに不慣れな受益者やスタッフを置き去りにした「表向きの張りぼて」が多く見られる。

対照的に、2018年に雇用保険制度を導入したマレーシアは、日本のハローワークに忠実な制度設計とオペレーションを構築している。民族的には類似点があるにもかかわらず、両国の政策アプローチには大きな違いが見られる。


※この記事は、AIが筆者のポッドキャストを文字起こし・執筆し、筆者が編集したものです。