アジア諸国はなぜ日本の社会保障制度を学びたいのか?

日本では社会保障の話題が盛り上がっています。その中で、「日本の社会保障の事例を外国にもっと紹介した方が良いですよね」というコメントが目に入りました。とても良い観点だったので、これについて少し書こうと思います。

まず、事実関係の確認ですが、アジア諸国が日本の社会保障を学びたがっているというのは本当です。東南アジアの政府・労働組合・経済団体から、多くの要望が私のところには届きます。その中で最も多いのが、他の国との比較です。どの国でも新しい制度設計を行う際には、各国の制度の比較を行います。国内の事象については、国内の研究者を政府が雇うケースが多いですが、国際比較となると私たちのところへ要望が届くことが多いです。

では、なぜ日本なのか。それは、アジアで日本が最初に社会保障制度を整備した国だからです。国際労働機関(ILO)は第一次世界大戦後の国際連盟とともに誕生しました。第二次世界大戦に日本の敵国連合として誕生した国際連合よりも長い歴史を持ちます。そして、日本はILOの創設メンバーです。ILOは数年前に百周年記念イベントを行いました。日本は百年も昔から世界の労働問題にかかわってきたわけです。

話を社会保障に戻します。1952年に社会保障の最低基準に関する条約(102号条約)というのが、国際労働会議(ILOの年次総会)で決まりました。現在、これを批准しているのはアジアで日本だけです。つまり、アジア諸国が国際的に定められた最低基準を満たすように制度設計をしようと思えば、必然的に日本が教科書となるわけです。

雇用保険の歴史を例にしてみましょうか。日本は1947年に失業保険を作り、1974年に失業ではなく(再)雇用支援に重きを置いた今の雇用保険制度を作りました。アジアでは最初のケースです。1986年中国、1995年韓国、2004年タイ、2009年ベトナム、2018年マレーシア、2019年フィリピン、2022年インドネシア。

これらの隣国は、日本の事例から制度設計を学びました。韓国へ行ってみてください。日本のハローワークと同様に、失業すると申請に行き、その場で仕事を紹介してくれたりします(日本人が行く機会はないと思いますが)。韓国は、韓国版ハローワークを日本を真似て作りました。インドネシアもインドネシア版ハローワークを作りました。

冒頭のコメントに戻ります。たしかに、ILOなどの国際機関は日本の事例をあまり扱ってきませんでした。私がILOでこの仕事を始めるまで、日本の社会保障を扱ったILOのレポートはほとんどありませんでした。事例紹介の多くは欧州のものでした。職員の多くが西洋人だったこと。英語で日本の事例をまとめたものがほとんどなかったこと。これらが原因なのだと思います。そのため、日本の事例を私が数ページのブリーフにまとめただけで、引用が想定外に伸びたり、問い合わせが増えたりします。それほど英語で書かれた日本の事例は少なく、同時に、需要があるということです。

AI翻訳の登場もあって、今後はもっと日本事例が参照されるようになるとよいですね。