ミャンマーの貧困率と貧困線

問題:以下の文章に誤りがあります。該当部分に下線を引きなさい。

タイトル「貧困削減地方開発事業(フェーズ2)(借款金額:239億7,900万円)」

ミャンマーにおける貧困率(注1)は、過去数年で若干の改善傾向は見られるものの、2010年時点では25.6%とメコン諸国(注2)の中ではラオスに次いで2番目に高い数値となっており、社会経済状況は未だ発展途上にあります。特に道路・橋梁、電力、給水分野の基礎インフラ整備はメコン諸国の中でも特に遅れており、こういった基礎インフラ整備の遅れは、住民の経済活動を制限し、主な貧困要因の一つとなっています。また、ミャンマーの経済発展・貧困削減を促進させるためには、ヤンゴンやマンダレー等の大都市のみならず、貧困層の割合が多い地方部を支援することが不可欠です。

(注1) 大人1人あたりの年間消費額が約3万円(376,151チャット)以下の人口の割合

(注2) カンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス

出典:ミャンマー向け円借款貸付契約の調印:基礎インフラの整備及び地方部の貧困削減に貢献(国際協力機構(JICA)プレスリリース:2017年3月1日)

解答:2010年時点では25.6%とメコン諸国の中ではラオスに次いで2番目に高い数値

この部分が誤りです。ミャンマーの2010年の貧困率はたしかに25.6%です。しかし、これは国内貧困線を基準としたときの貧困率です。つまり、ミャンマー政府が独自に決めた貧困線であって、ラオスと比較することはできません。なぜなら、ラオス政府は別の貧困線を決めて貧困率を決めているわけで、国内貧困線を基にした貧困率を使って国際比較をすることができないからです。

貧困率の国際比較をする場合、1.25ドルや1.90ドルといった国際貧困線をベースに算出した貧困率を使わなければいけないわけです。ただ、プレスリリース中にある「25.6%」の出典であるUNDPが実施した2010年の調査報告書には、国際貧困線を基準とした貧困率の記載がありません。そのため、国際比較可能なミャンマーの貧困率は公開されていないということになります(もちろん、家計調査のマイクロデータを入手できれば、計算できますけどね)。

参考資料

ミャンマーの貧困分析をエクセルでやってみた(The Povertist)

ミャンマーの貧困指標についてもっと知りたい方は、要点を別の記事に纏めていますのでご覧ください。

開発途上国の貧困の定義と計測方法のまとめ(The Povertist)

貧困線と貧困率の関係についてもっと知りたい方は、要点を別の記事に纏めていますのでご覧ください。

 

貧困率の基礎知識

この誤りを指摘したところで、揚げ足を取るだけの小さなものです。影響力の大きいThe Povertistで公開すると、ODA叩きを趣味にしている人の格好の材料となってしまうので、こちらのブログでひっそりアップしました。一方、貧困に関する基礎知識の大切さを説明するにはとても良い材料だったので、記事にしました。

ここで言いたいのは、プレスリリースの小さな誤りのことではありません。「日本のODA関係者がもっと貧困について真剣に考えるようになったらよいな」という思いです。

日本のODAでは、「貧困」という言葉は、批判を呼ばない耳障りの良い用語に過ぎません。その理由は明確で、日本のODAに携わっている人が、「貧困」の基礎知識を持っていないためです。貧困率や貧困削減という言葉は多くの場合、日本のODAの本質ではなく、プレゼンや文書を作る際の使い勝手の良い用語となっているのが実態です。斯く言う私も、大学院で勉強せずにJICAで働き始めていたのなら、国際貧困線と国内貧困線の違いも知らずにいたことでしょう。

もちろん、JICAの「貧困削減」案件が貧困を考慮していないと言っているわけではありません。細かい話をすると、JICAの「貧困削減」案件の多くは、貧困率の高い地域を対象としているに留まっています。貧困地域を支援することで、貧困削減に貢献する。そういうロジックです。

貧困削減業界(そんなのあるのか・・・?)では、貧困地域にターゲットを絞ることを「Geographical Targeting」と呼びます。それはそれで確立したアプローチで、批判するものではありません。ただ、事業計画をする際に、自分は今「Geographical Targetingをやろうとしているのだ」と理解しているかどうか。それが大切です。

貧困層のターゲティング手法はたくさんあり、事業目的や費用対効果に応じて、ターゲティングのオプションを選ぶのが一般的です。

日本の国際協力を一歩前進させるために

開発援助コミュニティで「この案件は貧困削減に貢献しました」と発信する場合、①どのようなアプローチで貧困層に裨益する事業モデルで、②その案件によって具体的にXX%の貧困削減が達成されたか、を説明することが求められます。

日本のODAには貧困削減をうたう事業がたくさんあります。日本の援助を国際社会に知ってもらうための仕事は、私も在籍中にかなりやりましたが、こうした基礎知識が無いのだなと思われるものがほとんどです。そのため、案件名には貧困削減が入っているものの、貧困世帯のターゲティングはどのように行ったのか、貧困指標がどの程度変化したのかを事後的に説明するのが極めて難しいです。

日本の国際協力を一歩前進させるためには、貧困の基礎知識が不可欠だと思います。