インドネシア社会保障審議会との対話
インドネシアには社会保障審議会(DJSN)という機関がある。日本の厚生労働省に設置されている社会保障審議会は社会保障政策に関する諮問機関だが、インドネシアの社会保障審議会は労働省ではなく、人間開発調整省に置かれている。そこには政府の代表として財務省、労働省、保健省、社会福祉省が参加するようになっていて、議長は調整省出身の方がなる慣習である。政労使の代表に加え、専門化枠も含めると、15人の委員から構成される。
今日は労働者代表と意見交換をしようということで声をかけてもらって訪問した。これから様々な社会保障制度改正が審議されていく中で、一緒に何ができるかという話だった。
労働者代表の考え方としては、ILOの国際労働基準に則った形で社会保障制度を構築したいという思いが強いようだ。これは端的に言うと、1952年に採択された社会保障の最低基準(102号条約)があり、その条約には「最低でもこれだけの社会保障給付をすべきであり、適用される人はこういう人であるべきだ」というボトムラインが記されている。もちろんそこには各国で決められる自由度がある。その最低基準を満たす形で制度を構成しつつ、どこからどこまでを各国が自由に決められるのかを伝え、制度設計を支援していくことになる。
条約を批准していない国がほとんどだが、実際には批准せずに従っている国が多い。批准していない国はILO加盟国から咎められないが、国際基準に満たない制度設計をすると、各国の労働組合、経済界、国民から厳しい目が向けられることになる。
例えば、今日話したのは最近改正があった雇用保険制度についてだ。現行制度はどの程度国際基準に達しているのか。その場で様々なスライドを見せながら説明した。
インドネシアの雇用保険制度の今回の改正の大きなポイントは、給付金額を過去の給与の60%まで引き上げ、それを6か月支給という制度設計に変更となったことだ。一方で保険料については引き下げということになっている。保険の計算がわかっている人は違和感を持つだろう。この金額を上げて保険料を下げるということは通常起きないものだ。これが暫定措置であればいいが、基本的に未来永劫続く形での制度設計の変更にあたるため、ILOとしてはこれから慎重に財政検証を行う。その結果を社会保障審議会へもフィードバックしていくことを約束した。
労働者や世論の反応としては、雇用保険制度自体への理解が薄いようだ。複雑な要件を満たさなければ給付を受けられず、面倒な書類を提出しなければならないなど、様々な手続きが必要だ。容易に給付を受けられないため、国民や労働者には不満が溜まっているようだ。例えば、1か月ごとに求職者についてはBPJS-TKのウェブサイトにて、履歴書を何回送ったかをレポートしなければならない。5回以上送付することが継続受給の要件だ。
日本であればそういった求職活動を2回実施すればよいとされており、ハローワークの実務要領などに記載されている。それと比べると確かにインドネシアの制度の方が回数は多く、厳しい制度設計になっている。そのため労働側は容易に給付金が貰えないという印象を持ち、不満を溜めているようだ。また、様々な書類が必要となるため、簡単に給付金を受け取れない制度となっている。
労働者や国民が失業給付を受けにくい印象を漠然と持っているのは、BPJS-TKの老齢貯蓄制度(JHT)と比較しているためである。銀行預金と同様に、老後へ備えて個人口座へ貯蓄する制度だが、労働者の求めに応じる形で失業時に引き出すことができるようになっている。加入者の資産なので、手続きは簡単だ。それと比べてJKPは保険制度なので、モラルハザードを予防したり、煩雑な手続きを課していて、不満の原因となっている。
しかし、制度改正が「給付をさらに受けやすくする」方向へ傾けば、保険制度が崩壊するだろう。6か月満期で受給する人の数が多すぎることを政府側は問題視している。一方、世論や労働者は「給付を受けやすくなるべきであり、6か月で仕事を見つけることは難しい」と考えている。
ただ、今日も社会保障審議会で明確に伝えたのは、インドネシアの現在の雇用保険制度の設計は、世界的に見ればあまりにも容易に受給できる状況となっている。受給しにくいと人々が感じているのは、制度への理解が乏しいことと、手続きに慣れていないのが主な理由だろう。実際、毎月の失業認定が自己申告で完結するのは、制度の根幹を揺るがすほど、早急に改革しなければならない。こうした指摘は、インドネシアの人々が抱いている不満と180度異なる見解だと思う。
6か月間給付を満期で受け取る人が多すぎる問題については、日本であればハローワークから求人情報を積極的に提供するため起こりえない。ハローワークが提示した求人を合理的理由なしに求職者が拒めば、翌月の失業給付が凍結される可能性もある。こうした雇用サービスを提供する体制は、インドネシアでは弱い。理論的には政府側から職業紹介が増えれば増えるほど、6か月の給付期間を満期で受ける人の数は減っていくことになる。
これが恐らく今のインドネシアの雇用保険制度の最も大きな課題だ。しかし、この問題に対する認識や重要性の置き方が政府内でほぼ確実に共有されておらず、労働組合、経済界、メディアも含めて共通認識が形成されていないという状況がある。
※この記事は、AIが筆者の音声ファイルを文字起こし・執筆し、筆者が編集したものです。