クリーンエネルギーへの転換で生まれる失業者対策をきっかけに雇用保険を作ること

今回のスリランカ出張の目的は、アジア開発銀行に招待いただいた南アジア地域専門家会合への参加でした。気候変動への対応が世界規模で求められる中、新興国においてもクリーンエネルギーへの転換が国策として行われるようになってきています。アジア各国から100人近い参加者が会合には招待され、その多くはエネルギー政策に関わる国営企業や政府機関の職員でした。社会保障を専門とする私の役割としては、議論に紅一点別の視点を加えることだったわけです。

この議論は目新しいものとしてブームとなっていますが、実は、人類が経験するエネルギー転換はこれが初めてではありません。日本も1950年から1970年の間に石炭から石油へのエネルギー転換に見舞われました。それによって私の地元である北海道の炭鉱の多くが閉鎖されることとなりました。日本が幸いだったのは失業給付や雇用保険制度があって、ハローワークの機能も存在したということです。

今回の会合では初日の議論を聞いて、急遽日本の事例を入れることにしました。九州の三池炭鉱が1997年に閉鎖された時、ハローワークや雇用保険制度がどのような役割を果たしたかということです。

インドネシア、日本、韓国、マレーシア、タイ、ベトナムなど東アジア地域では雇用保険制度やハローワークがある程度実施されています。

これらの国の実施体制や規模感を一通り説明した後、南アジアの雇用保険制度の実施状況を1枚のスライドで示しました。ほとんどの参加者は知らなかったようです。南アジアで雇用保険制度を実施しているのはインドのみです。それも適用率は極めて低いです。

つまり、炭鉱の閉鎖や石炭火力発電所の閉鎖を政府や民間企業は議論していますが、そこで働く何十万人、何百万人の労働者は失業給付も就職支援を受けること無く、エネルギー転換によって解雇されることとなります。

この状況を変えることができるのは、エネルギーセクターの人々です。理由は単純で、エネルギーセクターには今膨大な量の財源が降って湧いているからです。金のあるところに政策決定力があります。

たとえば、クリーンエネルギーを支援するファイナンスプロジェクトの1%程度を社会保障政策の技術協力にあてれば我々がインドネシアの制度設計に要した予算を確保することができます。

今、エネルギー転換によって被害を受ける労働者への補償のみに視点があたっています。すべての労働者が裨益する雇用保険制度を作ることで、一度きりの補償にとどまらず未来永劫持続可能な求職者支援の仕組みを作ることができます。

エネルギー転換によって起こりうる大量の失業者対策を、単発の政策で終えてよいのか。国の社会保障制度を作るための「きっかけ」を作ることができるのは、議論の中心にいるエネルギーセクターの政策決定者だと思います。

そういう話をしました。さて、ジャカルタへ帰ります。