丁寧な書類が一流の条件

「この世界には、優秀にもかかわらず、書類を丁寧に作ることができないために評価されない人がたくさんいる。」

国際協力機構(JICA)へ入りたての社会人一年目。6年以上経った今でも、上司の言葉が心に残っている。

ここで言う「丁寧な書類」というのは何も特別なものではない。Word文書であれば、フォントを揃え、図表の大きさを揃え、脚注や引用の仕方などを一定の法則に基づいて揃える。挙げればきりが無いが、統一感のある文書を見栄え良く仕上げるということに過ぎない。

JICAのような日本の公的機関で仕事をしていると、否が応でも仕事相手は丁寧な書類を作成してくる。そうでなければ、JICAが受け付けないからだ。

それが海外の機関と仕事をすると事情が異なってくる。体裁(スタイル)はバラバラ、図表も編集できないようなスクリーンショットなどなど、「丁寧な書類」とは程遠いものに出くわすことが多々ある。

最近出くわした書類はこの典型だった。各章の体裁がバラバラで謎の余白やスペースのオンパレード。そして、極めつけは編集しようにも画像として貼り付けられているため、図表を一から作成しなければならない。

最近感じるのは、どうやら海外の機関ではこういう仕事をする人は多いらしい。「本質(内容)」さえ良ければ、「体裁(見た目)」などどうでもよい。自分は専門家なのだから、専門性をいかした内容にのみ集中すればよく、体裁は誰か別の人が整えればよい。そんな意識なのだろう。ただ、見ている人は見ているし、結局は発注者が体裁を整えなければならない。

専門性を持っているだけでよいのか。無論、専門性を持っていて、丁寧な書類を作ることができる人が評価されるのは言うまでもない。書類作成には、その人の性格や仕事の丁寧さが表れる。どんなに専門性が高くなっても、初心忘れるべからず。

そもそも、雑な成果品をそのまま受領していること自体が間違いなのだが。