民主主義が崩壊したのではなく、間接民主制が時代遅れなのかもしれない

外交・国際開発援助の最前線に立っている身としては、安保関連法案に思うところは多々あります。ただ、今日は民主主義の在り方について考えてみます。

今回の混乱の最たる原因は、法案の中身よりも、民主主義の在り方の問題のような印象を受けます。

国政選挙を経て選ばれた議員が多数決で法案を可決することを民主主義と呼び、今回の法案可決を正当化する人。一方で、議論が尽くされていないと納得しない人。民主的と「信じられている」プロセスを経て可決した法案に納得を得られていない状況です。

私が感じたことは、「民主主義が終わっている」のではなく、古代から続いてきた「間接民主制が今の世の中に合わなくなった」のではないかということです。情報へのアクセスが非常に困難だった頃は、地方へ議員がやってきて、講演会や座談会で支持者たちへ直接報告することが主流だったのかもしれません。情報は伝聞で伝わっていきました。その後、新聞が現れ、遠くの人々へも数日内に情報が伝わるようになりました。テレビや電話の普及はさらに情報の伝達速度を加速化しました。そして、現代、インターネットを通じて、議員の生の声がホームページやLive中継で世界中どこでも同時に配信されるようになっています。

日本では、情報がネットやメディアから簡単に取れる世の中になったにもかかわらず、民主主義の在り方は見直されてきませんでした。問題の根源は、国政選挙で選んだ議員が、特定の個別法案について支持者の意思に反して代理投票を行うことだと思います。間接民主制ならではの問題です。

ならば、ネット投票による直接民主制を採用することでこのギャップを解消できないでしょうか。現代社会では、国政で何が起こっているのか、情報が瞬時に世界中へ伝達される状況があります。これによって法案一つ一つについて国民が賛否の意見を持つことができる状況が生まれています。

例えば、重要法案はネット投票で直接民主制し、ネットに不慣れで議員へ委任したい人は投票権を委任する仕組みにした方が良い気がします。

忙しくて投票へ行けない人や、私のように在外選挙人名簿登録に間に合わず投票権を得られない人も民主主義に参加できる環境ができるかもしれません。

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