インドネシア社会保障制度改革への提言活動(6月下旬の振り返り)
6月の活動は、インドネシアの社会保障制度改革に向けた集中的な提言活動となった。この1か月間、国際労働機関(ILO)職員として、現地メディアから政府、労働組合、使用者団体まで幅広いステークホルダーとの対話を重ねた。
6/18 アンタラ取材 年金
6/19-20 主要10労組 社会保障法改正
6/23 社会保障審議会DJSN 社会保障法改正
6/23 BPJS-TK著者会合 年金
6/24 政労使三者会合 社会保障法改正
6/25 主要10労組 社会保障法改正
6/25 政労使三者会合 社会保障法改正
6/26 労働省 社会保障法改正
6月18日、インドネシアの現地メディア・アンタラ(Antara)の取材を受けた。きっかけは、筆者がインドネシア語のX(旧Twitter)に投稿した内容である。プラボウォ新政権の予算配分をまとめたインフォグラフィックスで、給食プログラム(MBG)に120兆ルピアが配分されることが報じられていた。筆者は、この120兆ルピアがあれば、インドネシアの65歳以上の全高齢者に月額50万ルピアの年金を支給でき、現在ほとんど年金受給者がいない状況から一気に2000万人の年金受給者を創出できると投稿した。これは給食プログラムへの批判ではなく、同規模の予算措置で国民年金制度の構築が可能であることを示すものだった。
この投稿は数百単位でリツイートされ、広く拡散された。普段付き合いのない人々にも広く届いた結果、筆者の事務所の広報担当経由でアンタラから取材依頼を受けることとなった。アンタラからの取材は、厚生年金ジャミナンペンション(JP)制度が2015年の政府規則第45条で創設されてから今年で10周年を迎えることに関連した記事作成のためのものであった。
筆者の120兆ルピアに関する分析は、BPJS(社会保障実施機関)の内部データを基に、年金数理専門家(アクチュアリー)と共同で実施した財政検証に基づく2年前からの政策提言である。エビデンスに基づいた外部からの視点だけでなく、インドネシアの実際の加入者データを用いたアクチュアリー計算の結果を、分かりやすく響くように営業活動として展開している状況である。こうした取材対応は政策提言活動の一環として、月1回から2か月に1回程度定期的に受けているものである。アンタラは初めてで、普段は長年付き合いのあるコンパス紙の記者に記事を書いてもらっているが、今回新しい記者とのネットワークを構築できた。
6月19日・20日の2日間は、ジュネーブ本部から社会保障関連条約の専門家を招いた。ILOは1952年に社会保障の最低基準に関する条約(102号条約)を採択しており、これをILO加盟国で実施するための技術支援が筆者の業務である。ILO職員は事務局員として、加盟国が合意した最低基準を各国で実施するためにどのような改革が必要かを技術支援・政策支援することが職務である。
今回はコロンビア人の法学専門家で、世界各国でこうした業務に従事する同僚を招聘した。筆者より少し若いスタッフで、法律分野で全世界的にこの種の業務を担当している。プロジェクト予算からの支出となるため現地事業費を削ることになり、独立採算制の中でジュネーブから専門家を呼ぶ機会は限られているが、おそらく最初で最後の機会として1週間の滞在を決断した。
この2日間は、インドネシアの主要10労働組合の幹部(各組合2人程度ずつ)を対象に、現在DPD(地方代表議会)で審議されている社会保障制度改革がILOの社会保障最低基準を満たす形で実現されるよう、ブリーフィングを実施した。筆者と専門家は5年前から下準備を進めており、インドネシアの社会保障関連法を全て詳細にレビューし、どの制度が基準を満たさないのか、なぜ満たさないのか、どこをどう変えれば基準を満たす法整備が可能なのかを具体的に検討してきた。
筆者以外の外国人から同様の内容を聞く機会は、インドネシアのステークホルダーにとって良い機会であり、別の伝え方で同じ内容を説明してもらった。社会保障の最低基準に規定されている9つの制度について順次説明したが、2日間では時間が不足し、一部簡略化した部分もあったものの、主要なものはカバーできた。
6月23日は社会保障審議会(DJSN)との会合を開催した。調整省コミュニティエンパワメント調整省の傘下にあるこの審議会は、日本の厚生労働省の審議会に相当するが、インドネシアでは労働省ではなく調整省に設置されている。委員長は調整省の副大臣も兼務しており、今回は副大臣と筆者がオープニングリマークスを共同で担当した。労働代表1人、使用者代表2人、専門スタッフを含め計20名程度が参加した。労働組合との2日間の内容を1日に凝縮して実施し、インドネシアの社会保障制度と国際基準のギャップについて理解を深めてもらった。
同日、BPJS-TK(労働社会保障実施機関)の著者会合があったが、社会保障審議会をホストしていたため参加できなかった。BPJSのJP制度10周年記念イベントが7月に予定されており、それに合わせた記念書籍を作成中で、2週間という短期間で5ページの論文執筆を依頼され寄稿した。おそらく外国人として唯一の執筆者となった。7月下旬のイベントで発表される予定である。
6月24日は、政府・労働者・使用者による三者会合をホストした。調整省との共催で、社会保障制度改革をテーマに、前週の労働組合会合や月曜日の社会保障審議会での内容を、政府関係者を多めに招いた会合で再度開催した。
6月25日午前中は、再び主要10労働組合の幹部を招き、労働組合として社会保障改革にどのようにインプットしていくかについて話し合う機会とした。インドネシアの労働組合は、デモによる社会的アピールが活動の根幹にあり、デモをすることで社会的にアピールするという意識がまだ強い。しかし筆者は常に「路上で騒ぐ前にしっかり議論しよう」と伝えている。話し合いで建設的に合意点を探っていくことを労働組合としてやっていかなければならない。
インドネシア人は集団になると性格が変わり、大騒ぎすることやみんなでやることを好む国民性があるため、デモという形が馴染んでいる。しかし問題は、多数の労働組合が多発的に設立されており、労働組合間の足並みが揃わないことである。一つの労働組合が賛成しても別の組合が反対し、結局デモが発生して社会不安につながる歴史がインドネシアでは繰り返されている。
今回の社会保障制度改革は2004年以来20年ぶりの大改革である。労働組合として労働者の権利は何なのか、社会保障制度はどうあるべきなのかについて、一つの声にまとめて届けることが必要である。10の主要労働組合でタスクフォースを結成し、向こう6か月間、11月まで毎月ILOの事務所を会場として提供し、筆者がファシリテーションを行うことで合意した。
ただし、その場に参加している人たちが同意しただけなので、改めてILOから各労働組合に正式なレターを送り、権限のある人物の次回会合への参加を求め、議事録と合意内容を添付する予定である。社会保障改革について議論し、現在DPDで審議されている社会保障法改正案にインプットすることはもちろん、DPD通過後は今度はDPR(国民議会)で審議されることになるため、この長いプロセス全体を通じて、労働組合が路上ではなく議論の場でインプットしていく状況を作りたい。
そこで議論して合意したにも関わらずデモをするということになれば「約束が違う」と指摘できるため、しっかりと合意形成を図る。最終的には署名等を含む成果物をまとめ、労働組合全体の意見として国会に意見提出できれば理想的だが、そこまで到達するかは不明である。筆者ができる範囲として、労働組合が声をまとめる場所の提供と、技術的な検討材料・提言の提供を行う。このタスクフォース設立という手続きを踏むため、6月25日午前中は労働組合をホテルの会議室に招いて話し合いを行った。
同日午後は、同じ場所で政府・労働者・使用者の三者会合を実施した。社会保障制度改革を進めていく上でどのような論点があるか、どうしたいかという意見表明の場として設けた。これまで1週間にわたって労働組合、政府、社会保障審議会、使用者、市民団体等の様々な関係者と個別に議論してきたが、この日の午後に主要ステークホルダー3者が一堂に会して、下準備や議論の方向付けといった意識共有を図った。
6月26日は、労働省の社会保障関連局長との会合を設定した。ジュネーブからの同僚がいる機会を活用した表敬訪問という形式だが、実質的には政策議論の場とした。表敬訪問という口実があることで、相手方も会わなければならないという義務感が生まれ、現場の営業部隊としては本部から誰かが来ているという状況をうまく活用して、より実質的でサブスタンスのある話ができる機会を得られる。
局長とは7年前からの知己で、筆者が外アヤム(アヒル料理)を好むことを覚えていてくれ、表敬訪問の前に仲間内だけで食事をしたいということで外アヤムを用意してくれ、昼食を共にしながら事前の打ち合わせを行った。ILOの中でも属人的で、筆者と現地スタッフ2人程度しかその局長とはWhatsApp等で連絡を取れるような関係ではないが、筆者はよく知ってもらい評価してもらっている関係である。
個別の話なので詳細は公にしないが、要点は2つあった。第一に、現在進行中の社会保障法改正において、労働省が必ずしも主要なステークホルダーとしてまだ議論の場に参加していない状況の報告である。調整省や国会が主導する議員立法のため、政府がまだ関与していない段階だが、ILOの国際基準に規定される9つの社会保障制度のうち8つまたは7つは労働省の所管となるはずで、労働省としてもっと関心を持って進めていかなければならない仕事であることを情報共有として伝えた。
第二に、ILOが2026年末までに社会保障最低基準条約(102号条約)の批准国を70か国まで増やすグローバルキャンペーンを最大限に展開していることを説明した。アジアではベトナム、カンボジア等が批准を表明しているが、現在批准している国は日本のみという状況である。韓国、中国、シンガポール等の先進国と言われる国も批准していない。インドネシアが基準に向けて準備していくのであればサポートするという話をした。
この局長は以前から条約批准にはあまり前向きではなかった。理由は、ILO条約を批准すると非常に作業が増加し、批准すると国内法整備が必要となり、国内法が国際基準の条約にちゃんと基づいて設計・施行されているかをILOがモニタリングするようになるためである。社会保障のような政治的かつ非常に細かい技術的な条約については、批准を嫌がる国が多い。実際、アジアでも韓国、中国、シンガポール等の先進国でも批准していない。
筆者は率直に「あなたは批准するのは好きじゃないと思うが、もし批准すればインドネシアはアジアで2番目の国となり、インドネシアの制度設計がアジアの見本になっていく。批准すればインドネシアが胸を張って国際社会で誇れる制度になると思う」と話し、ILOもその制度設計支援ができると伝えた。
意外にも前向きな回答があり、新大臣に変わったことでインドネシア労働省としても、この基準に向けては比較的前向きな姿勢に変わっているようである。技術的に詰めなければならない部分があるが、労働省からは労働組合や使用者団体・企業側にもしっかり説明してほしいという要請があった。基準については労働組合は既に批准推進の立場であり、おそらく使用者団体も大きな反対はないはずである。これまでの話し合いの中で、3者それぞれが批准に向けて前向きになれば批准に向けて動くということになるはずである。
ただし、批准については非常に技術的なところまで詰めなければならず、国内法整備が必要なため、技術的なところがクリアできないと批准にはならないのが実態である。総論はみんな合意だが各論は必ずしも合意できていない状況であり、各論について現在動いている社会保障法改正の中で議論していくことになる。
各論の例として、APINDO(インドネシア雇用者協会:日本の経団連に相当)は保険料をこれ以上払いたくないという立場を明確に持っている。労働者側も保険料はこれ以上払いたくない一方で、社会保障制度の保護レベル・保障レベルは上げてほしいという立場である。政府としてはあまり多くの財源はこれ以上出せないため、現在ある財源の中でやりくりして社会保障最低基準をクリアしたいという立場である。
筆者からは、政府・労働者・使用者が現在払っているコスト(社会保険料と税財源の合計金額)は変えずに、その中で社会保障最低基準をクリアできる制度設計を提示している。現在ある制度設計を変えることで、コストは維持して社会保障最低基準を全てクリアできる措置はあるというのが筆者の見解である。
一方で、労働者は現在ある一部の制度を諦めなければならない状況にもなる。具体的にはJHT(ジャミナンハリトゥア:老後保障制度)である。これは現在労働者と使用者が合計5.7%の保険料を支払っている制度で、日本のiDeCoに相当する確定拠出年金制度、強制貯蓄の制度である。労働者は自分たちの貯蓄だという感覚でおり、会社を辞めたり解雇された時に全額引き出せる制度になっているため、労働者としては貯蓄とほぼ同義として捉えている。
この制度を諦める、改革するということは、労働者・労働組合にとってはメンバー・組合員に説明がつかない部分である。そこにはロジックではなく、感情的なものが強くある。筆者の政策提言では、JHTの5.7%を使って他の社会保険制度へ振り分けることによって最低基準をクリアできるが、この落としどころに合意できるかはJHTをどこまで改革できるかにかかっている。
伝え方が難しく、JHTを任意にする(強制ではなく任意にする)ということを言うと、労働者・労働組合としては感覚的に反発がある。一方で、JHTを厚生年金JPに組み込む(インテグレーション)という伝え方をすると比較的反応が柔らかくなる。これは感情の問題、感情論になっており、感覚的に労働組合やインドネシアの人々が受け入れることができるオプションをこれから模索しなければならない。
このような社会保障法改正に係る議論を、この1か月間様々な団体と個別、そして合同で行ってきた。筆者は外国人であり、ILOも外国の機関・国際機関であるため、極論すれば部外者である。しかし、インドネシアの人々がそれぞれ自分たちのコンフォートゾーンを超えて調整することが彼らだけでできるかといえば必ずしもそうではない。自分たちとは関係のない、ある意味時には敵対しているような関係もあり、意見の異なる人々と利害調整する場を、外から来た者・よそ者がコーディネートして意見をまとめていく。そういうことは非常に意義のあることである。
この1か月やってきたことが、これから向こう半年から1年ぐらいで少しずつ形になっていくと思われる。短期的な目標としては、社会保障法改正をより国際基準に近づける形で改正していき、そこに筆者らの提言を組み込んでいくことである。筆者らと言った時には、ILO加盟国が合意したものに近づけていくということで、それがILO職員である筆者の仕事である。
もう一つは、インドネシアが国際基準である社会保障最低基準102号条約を批准するところに何とか持ってきたいということである。批准すれば国内法をインドネシアは整備しなければならないため、非常にインパクトのあることである。それにかかる合意形成を1年ぐらいかけて行い、できれば来年6月のILO年次総会でインドネシアに批准していただきたい。
具体的な社会保障制度については、筆者の中の優先順位として、第一にインドネシアで全国民が加入する国民年金を作ること、第二に失業給付制度を社会保険化すること、第三に雇用保険制度を改革することである。これについてはまだ改革しなければならない点が多くあるため、別の機会に説明する。
最後の第四は、労災保険である。労災保険の制度設計が国際基準に満たない形になっており、一時金の支給に留まっている。これを労災年金のような形に変えていくことで、一時金文化から年金文化に変えて、そうした流れを作ることができればと考えている。
やることは多くあるが、それぞれ議論が今徐々にできてきており、何年もかけて準備してきて話もしてきたものなので、少しずつ動かしていければと思っている。
※この記事は、AIが筆者のポッドキャストを文字起こし・執筆し、筆者が編集したものです。