インドネシア人は利己的で調和が苦手なのではないか

台湾の李登輝元総統の回顧録に「中国人は利己的で、一方で個人を維持しながら、他方で社会としての調和を生むことが不得手」とある。インドネシア人もアメリカ人にも当てはまると、住んでみて感じる。

駐在員が抱くインドネシア人の描写としてよくあるのは、「親切で調和を大切にする」というもの。社会対話を通じて私はインドネシア人の家族観、社会観、国家観によく触れる。インドネシア人が考える単位は家族、宗教、民族であり、異なる民族や宗教を繋げる価値観は言語、金銭、国歌、国旗と感じる。

家族形成は未だに、同宗教間、同民族間が多く、改宗しなければ結婚できなかったり、改宗を促すことがタブー(最近の刑法改正草案で刑罰規程が提案された)であるなど、家族単位の統合に関する障壁は高い。言語は日本統治時代にインドネシア語が共通言語として位置付けられたこと。国歌と国旗は、共通の敵と対峙した英蘭政府との独立戦争の経験。好調な経済裏付けされた金銭的価値。

それぞれの社会的単位がバラバラの多民族国家にあって、別のコミュニティとの調和は他人に干渉しないという強烈な忖度によって成り立っていて、一般的に言う対話による調和とは異なる価値観が存在する。積極的に調和をとるのではなく、他人に関わらないことによって調和をとるのがインドネシア人の価値観であるように感じる。

国家政策としての社会保障の議論をすると、自分の支払った保険料が他人に使われることに強烈な拒否反応がある。そのため、厚生年金・国民年金のように保険料をプールする制度は不人気で、個人口座に貯蓄される確定拠出型が好まれる。

自分が年金受給前に死んだら、家族に相続されるのは良いが、知らない人の年金に使われるのは絶対に許せない。

これは、先日のマカッサルでの会合でも聞いた発言である。

インドネシア社会と表面上の付き合いをしている外国人はおろか、インドネシア人でさえ、「インドネシア人は利己的で調和が苦手」とは認めないだろう。しかし、インドネシア人の価値観を探る中で見えてきた私の結論である。