政治サイクルとインパクト評価のタイミング

ベトナムでは国会に法案を提出する際に、その法案を実施した際にどのような社会経済的な影響があるか説明する報告書の提出が不可欠となっている。これを当該国の実務家はインパクト評価と言っている。もちろん、学術界でいうところのインパクト評価とは手法の厳密さなどに差異はあるが、求めているアウトプットは似ている気がする。いずれにせよ、どこの国の法案審議でも同じような要件があると思う。

ここでの課題は政治のサイクルとインパクト評価のタイミングだと感じる。新しい政策や制度改正を行おうという機運はどこからともなくやってくるのではなく、新しい政権が樹立したり、選挙後のタイミングであることが多い。逆に、援助する側の視点で見れば開発援助戦略を策定する際のリスク要因として「政府が引き続き当該政策の優先度を維持すること」という一文を必ず入れる理由が「これ」である。

話を戻したい。選挙が終わり、政権が樹立したタイミングで官僚に「政策Aを来年〇月の国会で法案提出するように準備せよ」と指令が行く。もちろん日本のように官僚主導の国もあるが、私の経験上、重要法案になればなるほど、選挙公約になるため政治主導で進むことが多い。開発途上国ではリーダーの権限が強く政策に反映される例も多い。

こうして政治のサイクルによってタイムラインが決まる。政策を実施した際のインパクトはどのようなものか。開発途上国の実務家は回答を用意しなければならない。どのように何を実施するか。タイムラインが決まっている以上、ベストケースから現実的なケースまで考えなければならない。

1.パイロット事業を小規模で行い、インパクト評価結果と全国展開した場合のシミュレーションを国会に提出する。
2.外国で実施された類似の政策とインパクト評価の結果をまとめ、自国の既存データでシミュレーションした結果を国会に提出する。

たいていの場合、1を実施することは難しい。政治のサイクルにもよるが、2年も3年も先の国会を目標に指定されることはなく、数か月から1年程度で結果を出すことが求められる。これは当然で、下準備、労使の意見調整、各地の関係者や住民への説明・説得、国会審議という長いプロセスを、政権の任期から逆算して計画しなければならない。政権が5年も10年も続くことが確約されているのであれば、1をじっくり実施できるが、ある程度の規模のパイロット事業を実施するとなると、予算確保から始めなければならない。翌年度予算が運よく確保できたとして、データ収集から分析まで年単位の時間がかかる。

これらを解決しない限り、必然的に2が現実的に残された選択肢となる。インパクト評価の結果を過去の文献を通じて報告書に取り込み、政策実施国の既存データがあればシミュレーションを行う。ただ、この場合も上記の関係者・労使・住民への説明というプロセスを経る必要がある。常に聞かれることは、「外国の事例が当該国にあてはまるのか?」「分析が複雑すぎて国民に理解されない」など。

法案提出にかかる資料にどの程度科学的根拠を反映できるかが、外部者である開発パートナーにとっては大事なわけだが、政治サイクルの厳しいタイムラインの中で「使える」と思ってもらえる形でアウトプットしていかなければならない。ベストな手法をとってもタイムラインにあわなければ「使えない」とみなされ、タイムラインには間に合っても「政府として説明しにくい」ものであれば「使えない」とみなされる。もちろん、科学的な根拠は客観的なものであり、曲げることはできない。しかし、同じ結果を別の切り口で伝えれば「使える」ものに変わるかもしれない。

開発途上国の政治家と実務家に使ってもらうにはどうすべきか。科学的根拠の作り手としての課題である。