JICAのシリア研修員受け入れに批判が出ていることについて
JICAがシリア難民支援の一環で研修員受け入れの募集要項を掲載しました。その備考欄に以下のように書かれていることについて、「女性差別だ」「日本の恥だ」というような趣旨のコメントが各方面から噴出しているようです。
Pregnant applicants are not recommended to apply.
妊娠中の方の申し込みはお勧めしません。
この手の批判については普段は聞き流すのですが、コメントしたいと思います。というのも、これは大きな誤解に基づいたコメントです。それにもかかわらず、あまりにも多くの方が読み、拡散されていることが良くないと感じた次第です。
結論から言いますと、「妊娠中の参加は推奨しない」というのは、配慮に欠ける表現ではなく、むしろ「配慮した表現」だと思います。JICAが出産費用を負担するスキームではありませんから、本人の自己負担になります。日本で出産してしまったら、研修員は破産してしまうと思います。それでも出産して「ない袖は振れぬ」と言われれば、JICAも困ってしまうので、「推奨しない」と牽制したのだと察します。本当は「妊婦の参加は認めない」としたかったのだと思いますが、「女性差別」と批判する人に配慮して言葉を選んだのでしょう。
もう少し説明します。
シリアだから目立っているだけで、この手の研修は毎年数百~数千といった単位でJICAは研修員を受け入れています。過去の案件の募集要項がどうなっていたのか振り返ってみたいと思います。
たとえば、以下の記載は2010年の研修案件の要綱です。この時はまだ、「妊娠していても受け入れ可能」と明記していました。ただし、以下のように何重もの合意文書を取り付けることを求めています。
たとえ予算の出所がODAであっても、研修員とはある種の契約関係にあるわけですから、病気・死亡・経済的負担などの責任の所在を事細かに合意しておく必要があります。そのために、以下のように研修員、所属先、大使館の合意といった三重の確認を行っているわけです。ちなみに、先の批判の中で「妊娠検査をさせるのか!女性差別だ」というようなものがありました。これを見ていただければ、答えは明らか。YESです。
先の批判をしていた方々は、「予算は青天井で、何があってもJICAが負担する」という契約にすれば満足なのでしょうか。それでよいのであれば、JICA予算を青天井にしなければなりませんが、おそらく日本国民はそれを認めないでしょう。
妊婦について:妊娠中の研修員は、健康に対する危険を最小限にするために、来日前に必ず必要手続きを行うこととする。その手続きは以下のとおり。
① 研修員は、妊娠中であるにもかかわらず研修に参加することにより生ずる経済的負担、身体的なリスクについて、一切の責任を負うことを承諾する旨の念書を事務所に提出する。
② 研修員は、自分の所属先より妊娠中での日本での研修参加についての許可を得るとともに、所属先から右了解の旨の文書を取り付ける。
③ 研修員所属先の長は、在外大使館に妊娠中の日本での研修参加について報告し、在外大使館から、経済的な負担を含めた緊急時の対応について、了解の旨の文書を取り付けの上、事務所に提出する。
④ 研修員は、正常妊娠、妊娠週数を明記してある医療機関からの診断書と取り付けの上、事務所に提出する。なお、診断書取り付けに要する費用は、研修員の負担とする。
話を戻します。今回の案件の要綱を見ると、もう一歩踏み込んだ記載になっています。つまり、「妊娠中の参加は推奨しない」ということ。なぜ変わったのでしょうか。あくまで想像ですが、母子の健康リスクよりも経済的なリスクに配慮したのではないかと思います。
想像してみてください。シリアから逃れてきた研修員に日本の出産費用が賄えるでしょうか。海外旅行保険では出産はカバーされないので、自己負担率は100%です。日本で出産するだけでも数百万円の自己負担となる上、身体的・精神的な負担から、母国での出産を望む場合は航空便の手配(母体の状況によってはビジネスクラスでさえ危険だが)まで必要になります。それに加えて人件費や諸雑費が追加されます。緊急時のJICA側の事務的な負担が膨大になることは容易に想像できますが、それを考慮しなくても、出産・帰国に関する直接経費の自己負担は数百万円となるでしょう。
本人、所属先、母国政府が事前にすべての経済的な負担をすると署名していたとして、支払うと思いますか。もちろん、支払う人もいるでしょうが、JICAにとってはあまりにも大きなリスクです。そもそも、数百万円を自己負担できる人はJICAのスキームで留学しないでしょうから、本人の念書はまったくあてになりません。
難民支援が難しい日本の現状を踏まえれば、相当な労力をかけて、JICAの若手職員がこのプログラムに尽力していると想像します。難民支援に関しては必ずしも好意的でない意見も多いのも事実。このプログラムを通じて何らかの問題が生じれば、今後の支援継続も容易では無くなるはずです。そうした事態を避けるためにはどんな小さなリスクにも対策を打つ神経の磨り減る仕事をしているのだと思います。
誤解に基づくコメントが独り歩きし、若手職員の努力とプログラムの本質がないがしろにされることを危惧しましたので、コメントさせていただきました。
以上はあくまで、私個人の見解です。
(追記:2016年12月22日)
外部からの指摘でJICA側が該当項目を削除しました。本件について、これ以上のコメントは控えたいと思います。
The note about pregnant applicants has been removed from “7. Qualifications and requirements” of the application guideline, as the note may cause misinterpretation that pregnant women cannot apply. There is no restriction of application by the reason of pregnancy.(2016/12/21)