10秒で2万円稼ぐ男に会いました

今日は、10秒の物語をお届けします。

 

意気揚々と週末の街へ繰り出そうとした僕は、いつものように自宅の扉を開けた。

その時、スマホがなる。

 

「なんだ、フェイスブックの通知か」

 

スマホをポケットに押し込み、扉を閉めたとき、物語の歯車が音を立てて静かに回り始めた。

 

「鍵はどこだ?」

 

定位置であるズボンの右ポケットには、スマホ。

スマホのさらに奥には、いつものふくらみがない。

2個ある上着のポケットを探しても、ない。

インナーポケットを探しても、ない。

動き出した歯車は止まる気配はない。

 

もう一度、右ポケットに手を入れてみる。

最後の悪あがきだった。

 

息をフーっと吐く。

天井を見上げる。

気持ちを落ち着かせる。

 

そして、全てを悟った。

そこにあるはずのものは、あるはずもない。

鍵は、ドアノブの向こう側に刺さったままだった。

 

それでも、頭は冷静だった。

アパートの管理人にスペアキーを預けていたのを思い出す。

人間は完璧じゃない。

こういうときのために、預けておいた自分を褒めてあげたい。

 

アパートに常駐するガードマンにお願いして、管理人を呼び出してもらう。

二人とも英語を話さないため、フランス語をスマホで翻訳しての会話。

それでも何とか、スペアキーを持ってきてもらうことに。

 

しかし、鍵は開かない。

内側に鍵が刺さった状態で、外側から鍵を刺しても、開かない仕様だった。

何のためのスペアキーだ。

もはや、業者を呼ぶしかない。

それから20分後、ひとりの男が現れた。

 

10秒で2万円稼ぐ男のお出ましだ。

 

タンクトップにラフな格好で現れた男は輝いていた。

自慢の工具箱にはテレビで見たことのあるL字型の針金。

その中から、プラスチックフィルムを取り出し、無造作にドアの間に滑り込ませる。

 

下敷きだ。

下敷きを挟んで、ドアを2度3度押す。

10秒で物語は終わった。

請求額は、2万円。

 

実働10秒。

2万円。

コストは下敷き。

たった一枚の下敷きだ。

 

領収書を書き終わった男は言い放った。

 

「ここにシールを貼っておくから、いつでも呼んでくれ、夜でもすぐ来るよ」

 

ハリウッド映画の残り10分でよく聞くセリフに近い。

ただ、正直、もうお目にかかりたくない。

今日の教訓は、オートロックには気をつけよう、ということではない。

 

技術を持つことはすばらしい。

 

これに尽きる。

 

※本日の進出単語:Locksmith(鍵職人)