インドネシアで感じる違和感と慣れ

インドネシアの仕事をし始めて比較的長くなってきた。在住は1年程度だが、5年程度仕事で出入りしている。今年、仕事の仕方を大きく変えたことがある。組織対応を止めたこと。これまでは、仕事の依頼を受けると、組織に依頼が来たと受け止め、私が受けられないときは他人にお願いしたりしていた。

また、招待状が届いたときには、自分が受けられないときは、他人に出席をお願いしたりしていた。あるとき、「省庁も企業も組織対応はしていない」ことにふと気づいた。招待状も依頼も組織宛てに届くことは稀で、名指しで届くことが一般的。日本の企業文化とは大きく異なる。

これを日常の実務に置き換える。組織対応から個人対応へ。まず、取引先との個人的な繋がりを築かねばならない。WhatsAppの連絡先を交換する。現地職員を通じて連絡を取っていた相手にも、自分から直接連絡するようにした。

こうすることで、調整に要する時間や労力は倍増したが、仕事の中身の話も直接先方とやり取りできるようになった。民間企業では当たり前のことかもしれないが、公的機関の仕事では組織対応が一般的で、面会にも正式な書簡のやり取りが必要であることが多い。この慣習を省き、直接WhatsAppで連絡する。

こうすることで起きたことは、週末、朝晩、深夜問わず、スマホが鳴ること。何の前触れもなく、「雇用保険の問題点は何だと思う?」と金曜の夜に晩酌しているときに通知が入る。「国会の後部座席で急遽回答作成でもしているのだろうか」などと思いながら、返答する。

ILOで社会保障をやっている人間の仕事は、政策提言。おそらく多くの国際機関がやっている政策提言は、文献やデータに基づいて机上で分析・提言を作成し、ホテルを貸し切った会議で食事を振る舞い、プレゼンし、レポートを出版する。こういう流れで仕事が回っているのだろう。

インドネシアのような高中所得国で人口も2.7億人もいる国では、国際機関の影響力など森林の蚊ほどの小さなもの。組織対応を試みても、アポすらとることができない。組織のトップが署名した書簡を届けるにも、届け先の省庁の窓口がない。担当者へ直接届けたとしても、書簡が本人に届くかは怪しい。

こういう環境では、ホットラインを異なる階層で持っておくことが大切。つまり、実務レベルの職員間で政府高官のアポ調整を行うのではなく、組織の長が本人のWhatsAppに直接連絡を入れる方が上手くいく。

こういう仕事の仕方をし始めてようやく、「なぜインドネシアの政府職員は多忙な人と暇そうな人がいるのか」がわかった。結局、高官はアポ取りや調整に至るまで、直接WhatsAppで高官同士・政治家とやり取りしている。仕事のできる部下は多忙になるが、そうでなければ仕事はふられない。

組織対応が一般的な社会であれば、アポ調整業務や所管の作成などは部下が行うため、多少なりとも課員・局員に仕事は降りてくるが、ここではそうなっていない。また、政府高官は高官・政治家と直接やり取りしているので、偉い人のWhatsAppが入れば外部とのアポは平気でキャンセルとなる。

郷に入っては郷に従え。WhatsAppの連絡先収集がインドネシアでは最も大切な処世術のような気がする。

蛇足だが、会社のルールとWhatsApp社会のズレは色々なところに出てくる。たとえば、契約関連のやり取りは「FaxかEmail」で行うことが調達ルールで決まっている。一方、インドネシアではほぼ例外なく、EmailもFaxもビジネスでは使われない。WhatsAppでやり取りする。

では、WhatsAppで受け取った請求書や見積もりは調達ルール違反なので無効なのか。そんなことをやっていては鉛筆一本も買えない。

インドネシアでは企業や人々が守れない法令があれば、それを強制するのではなく法令を下方修正することがまかり通っている。法治国家で政策をやる人間にとってはあり得ないことだが、新しいものを積極的に取り入れ、ルールを事後修正していくのはインドネシア人の国民性なのだろう。

ルールを決めて、上意下達の社会である多くの会社・国では到底理解されない。しかし、調達ルールにFaxが入っていてWhatsAppが入っていない規則があれば、ルール改正の頻度をあげなければならない。上意下達の上部にいるプロフェッショナルたちも、現実社会のスピードについていくのが大切で、インドネシアはその点に関してだけは本当に早い。

なお、書き忘れたが、私はインドネシア語はわからない。英語でAI翻訳に書き、コピペでインドネシア語をWhatsAppに入れる。そうすることで通訳・翻訳不要で直接連絡を取ることができる。誤訳による問題は今のところ起きていないので、これで問題ない。