国際機関の予算から、政策プロジェクトと研修プロジェクトの作り方の違いを考える
新しいILO事務局長が就任して以来、ILOは雇用、労働、社会保障政策などで専門的な政策提言を求められる立場にもう一度返り咲くということを組織として目標に掲げている。一方、これが現場の技術協力を行っているスタッフやプロジェクト形成にどれぐらい今後反映されていくかというのは、個々の努力や理解によるところとなる。
例えば、インドネシア事務所のポートフォリオを見てみると、ほとんど全てのプロジェクトが地方で研修をやったり、単発の啓蒙活動を小規模に実施している。一方、組織が目指すような政策や法制度改正に首を突っ込むような事業は極めて少ない。裏を返せば、政策分析や議論をすることができるスタッフは極めて限られているということになる。
こういう状況から舵を切って政策集団を事務所単位で現場で作っていくとなると、スタッフの総入れ替えはもちろん、プログラムやプロジェクトを形成する段階から支出費目・予算計画含め、全く違うものにしていかなければならない。
例えば、地方で研修を行うような事業の場合、研修教材を作るのに地元の大学に委託契約を出し、職員が少し手直しを加えて完成させる。そして、ホテルやイベント会社と委託契約を結び、研修を実施する。支出費目のほとんどはこうした外注になる。
一方、政策研究・調査に重きを置くプロジェクトを形成しようと思えば、外注部分が少なくなり、給与予算を増額し、高給取りの職員を集めることになる。その上で、分析や執筆を職員が行う時間が増える。つまり、外注に充てる予算と職員の給与に充てる予算の比率が逆転するということになる。
しかし、おかしな価値観が邪魔をする。「伝統的」に給与予算を事業予算の3割までに抑えることが推奨されている。これを実践するとどうなるか。職員の仕事は指示書をひたすら書き、外注することが仕事になる。専門性をもった一部の職員が指示書を書き、他の多くの職員が調達事務を回す工場のような流れ作業で予算を消化していくことになる。そうしなければ、7割の外注予算を3割の人件費で回すことは難しくなる。
念のため説明すると、ILOの技術協力事業の予算規模は極めて小さい。3年プロジェクトで1億円未満ということはザラ。この場合、年間予算は3,000万円程度となる。問題は、1、2年のプロジェクトが往々にしてあるということ。3,000万円のプロジェクトで2年やってくださいということになれば、年間1,500万円使えるわけだが、3割ルールというのを適用すると、1年の人件費は450万円ずつとなる。そうなれば、現地職員を1人配置するのも難しくなる。ましてや、この予算で政策研究をできるナショナルオフィサーを探すのはインドネシアでは不可能で、現地職員の役割はもっぱら調整や外注に終始することとなる。もう少し期間の長いプロジェクトであれば、他のプロジェクトと掛け持ちすることで一人を雇用することができたりもするが、いずれにせよ3割ルールが問題の根源となる。
こういうプロジェクトが増えることは、結局、政策研究の成果であるレポートや政策提言がILOのホームページに全く公開されないということになる。実際そういう批判を最近よく頂く。ジャカルタの政府関係者と話をしていて、最近強く言われたのは、「ILOのホームページを見てもほとんど引用できる分析や提言が公開されていない」ということ。「ただし、社会保障以外は」と付け加えてくれたのがせめてもの救いだったが、実際、社会保障プログラム以外の政策レポートを出しているチームはない。
つまり何が言いたいかというと、この予算の3割上限というおかしなルールを変えない限り、プロジェクトの企画段階で人材配置が困難な状況が生まれる。それが理由で、政策に強いチームを作るのが難しい実情となっている。一方、予算や総務を担うチームというのは、こうした現実を経験した人材を抱えていないため、制度改革も起きないのが現状なのだと思う。
結局、現場で政策業務を担う私たちとしては、一つのプロジェクト予算からは1ヶ月や2ヶ月しか給料が出ず、1、2年のプロジェクトを回さなければいけないという状況になる。そうすると、自分たちの契約を1、2ヶ月出すために3つも4つもプロジェクトを同時に管理しなければならず、それゆえ、私の名刺にはプログラムマネージャーとあり、プロジェクトマネージャーではないということになっている。プロジェクトマネージャーより「偉い」というよりも、チームを維持するために多くのプロジェクトを抱えざるを得なくなった結果、プログラムが出来上がっているというのが正しい。決してプログラムがあって、そこに予算がついてプロジェクトを形成しているわけではない。
こういう組織改革が必要な場面で威力を発揮するのは、日本的な人事異動システムなどだと思う。JICAでは色々な部署を2、3年おきにみんな経験する。個人としては大変だけれど、一人の人間が人事も総務も経理も調達も営業もある程度の知識と経験を持っているというのは、組織力という意味では極めて強力なものになる。ILOのように、それぞれの人材が一生同じ部署にいるということは絶対にない。財務も調達も人事もやったことがない人が管理職になっていて、どうやって予算を管理するのかもほとんど経験がない人も多い。こうした状況では、組織改革を求めてもそれを実行できる人材というのが下から上までほとんどいないということになる。
結果、年単位の契約で動いている私たち現場としては、自分たちが手の届く範囲で事業の成果を最大化することに集中するのが最も効果的だというのが、私の最近の結論である。そういうわけで、現状事業の企画書を3つぐらい並行で書いている。晴れて日の目を見れば、これによって2025年以降、インドネシアでILOが社会保障制度改革に継続して首を突っ込んでいけるようになる。