船乗りのことば
面舵一杯!
声高に叫ぶ船長の声に、私たち船員は皆、いつもの仕事を淡々とこなした。それから数時間後。西の空から立ち込める真夏の入道雲に、太平洋の水平線がゆがみ始めた。
見張りが何かを叫んでいる。その声は船長の耳には届かない。水平線の向こうからやってきた風が、波より先に私たちを飲み込む。
「もうだめか・・・」
船は時計回りに弧を描き、何とか態勢を立て直した。ほんの数分の出来事だった。空を見上げると満点の星空が、昨日と変わらずそこにあった。
明くる日のこと。船長が見張りに尋ねる。
「あれは目的地か?」
見張りは驚いた表情で、言葉を絞り出す。
「目的地とはどこですか?」
その時初めて船長と見張りは、意思疎通ができていなかったことに気が付く。船は今、どこにいるのだろうか。
水平線を見つめながら舵取りをすること
舵取りがどんなに上手でも、船は目的地に着くことはできない。遠くを眺める見張りがいて始めて、船は目的地へ向かうことができる。思わぬ嵐に見舞われて、見張りが行き先を見失った船はどうなるか。舵取りがどんなに上手でも、その船はやはり目的地に着くことはできない。船員は次第に不安にさいなまれるようになり、混乱が起きる。後戻りのできない悪循環が始まる。
舵取りをする船長の目からは、大海原の青さは見えても、その広さまでは見えていない。遠くの大陸は見えていても、そこが目的地なのかはわからない。遠くを眺める見張りにはそれが見えていて、船長は見張りに尋ねる。舵取りと見張りが確認し合ってはじめて、船は目的地へ真っ直ぐ走り出す。
わかっていても難しい操船技術が、私たちのキャリア・人生にも求められている。