ILOの刊行物の作り方

物書きに追われている。3本同時進行で書いていて、そろそろ潮時。ある程度の質で時間通りに成果を出していくことが大切なので、期限を決め、業者と事前に契約しておく。業者と言っても、編集者とデザイナーの二件。ハウススタイルの適用と文書校閲をメインに毎回外注している。

デザイナーはInDesignで表紙や図表などを含め制作してもらうために外注している。最終稿が完成する前に契約をしておくことで、各契約に私が納品しなければならない期日が明記される。そこから逆算して、内部のコメント受領日を設定し、コメント反映の時間なども確保していく。

コメントを期日通りにもらえないことも当然頻発するわけだが、外注している以上、無視せざるを得ないことも多い。誰かの作業遅れによって成果の発信が遅れることが常態化するのは現場としては大問題なので、仕方のない対応となる。ここで問題なのは、コメント受領数が少ないということは、執筆者の責任がより重くなるということ。第三者の目にさらされることによって、質を高めていくプロセスが査読であり、その過程を省く必要が出てくる。責任は自分に重くのしかかり、変なことを書けば自分の今後に関わってくる。国会や政府の期日に合わせなければならない政策の仕事の辛いところである。

内部の査読というのは往々にして遅れがちである。それは、本部のスタッフや他の事務所で勤務する同僚に依頼すると、片手間で複数の仕事をすることになるためであり、仕方のない側面もある。ILOでは内部査読のプロセスは出版物によって異なり、本部の定期刊行物を除けば、現場の文書というのは編集会議や査読プロセスなどは事務所ごとに異なる。私の場合、内部査読でコメントを期日通りに貰えないことを想定して、外部有識者に報酬を支払って依頼することもある。その場合は、個別に契約することとなるので一手間かかるが、契約で拘束することでコメントを頂ける可能性を担保できる。外部有識者の探し方は論文など、過去の実績を拝見して自分で探すことになるので、それもまた容易ではない。

私の場合は、このような過程を経て出版物を作成している。このプロセスのノウハウは、JICA研究所企画課というところに勤務していたころに得たもの。研究案件をたくさん担当させて頂き、編集者の方も同じチームにいたので色々と教えて頂いた。

いずれにせよ、今は締め切りに追われている。先週は「気候変動と社会保障」、今週は「インドネシアの雇用保険制度の課題と政策提言」の二本を編集者に渡さなければならない。しかし、月曜日に納品予定だった後者をまだ引き渡すことができず、もう金曜日である。研究だけ毎日やっている方は、これを一生やるのか。そう考えると、尊敬せずにはいられない。

ちなみに、気候変動の文脈で社会保障をどう活用するかという戦略を政府が作成している。社会保険が戦略に加味されていないので、波風を立てて考慮してもらうという企画で始めたもの。ゴールは政府の戦略文書に滑り込みで使ってもらうということ。6月上旬に政府高官と労組・使用者団体と大きな会合を主催する予定。

雇用保険制度の方は、制度上の瑕疵が多々見受けられるので、問題点と改善点を指摘して、対案を提示するもの。3月下旬に悪名高き雇用創出法が最高裁違憲判決を受けて改正されたため、政府は施行規則を今後作成しなければならない。インドネシアの法体系では、法律は大枠しか定めず、重要事項はすべて政府規則で定める傾向にある。雇用保険制度の施行規則の改正に使ってもらうことが、我々の目標と戦略。

このように、タイミングを見て打ち込んでいくための鉄砲玉(政策研究)を常時何件も同時並行で回転させている。時期が来た時に、タイミングよく発射するためにスケジュールと優先順位を常に組み替えて対応していく。そういうサイクルで仕事をしています。

一つ下記忘れた。著作権について。ILOの刊行物には著作権ページを挿入してIBSN番号を登録する。これも各事務所、各職員が手作業でやる作業なので、組織化されていない。そのため、刊行物のタイトルページ直後にコピーライトページがあるものとそうでないもの、ISBN番号があるものとそうでないものがある。コピーライトページがある場合、定型文で「著作物の内容は著者個人の責任であり、組織は責任を負わない」と書いている。これはすごいことで、刊行物の著作権は組織が保有するが、「内容に問題がある場合は責任を負わない」ことを意味する。JICA研究所創設初期に制度整備の議論に多く参加した中で、著作権と内容の責任について国際機関がやっているこの方式を採用することを何度も議論した。日本の組織文化として、「組織の刊行物は組織がすべての責任を追い、職員個人は責任を負わない」という概念がある。それを実施するために役所の判子リレーがある。発信頻度の差は、この企業文化にもある。

ちなみに、ILOの組織が責任をとる刊行物というのは、理事会や総会が発するものとなる。ILOのOはOrganizationとOfficeで使い分けられる。Organizationというのは政労使の代表から組織される議会のようなもの。そこから選出される執行理事会があり、理事会が事務局(Office)の長を選ぶ。事務局長によって職員が採用される。

つまり、ILO事務所や本部事務局が作成する刊行物は、理事会や総会決議を経ない限り、ILOが内容に責任を持つ刊行物とはならない。出版権限は現場に与えられているのだから、責任は職員がとり、出版・著作権はILOに帰属するという整理になっている。