小野伸二と私

小学校3年から高校3年の夏までの10年間、私は週休1日でサッカーをやっていた。高校1年の秋、レギュラーが見え始めた頃、右足首靱帯損傷で全てが終わった。15年以上たった今でも、その瞬間は鮮明に覚えている。

残りの2年はリハビリ、通院、ケガの繰り返しで、まともにボールを蹴ることができた記憶はない。リハビリで走った結果、体力だけはチームで一番だった。10キロ30分くらいで走っていた気がする。

個人としてもチームとしても結果が出ず、高校3年の夏、私は10年やったサッカーを引退した。サッカー部からの引退ではなく、サッカーからの引退だった。あれから15年。私はほとんどボールを蹴ったことがない。

あのケガがあり、今の自分がある。ケガの結果、私のサッカー人生の最後はリハビリ中心の生活となった。リハビリに励んだ高校三年間。その後に待っていたのは浪人生活。浪人生活を経て、香川大学へ。北海道の知人は、香川がどこにあるのかも知らないという反応だった。

その後の人生は長いので割愛。私があのケガから学んだことは、めげずに最善を尽くすこと。何十年たっても思い返すほどのトラウマも、振り返れば様々な教訓を与えてくれることもある。

2019年夏。天才ではなくなった小野伸二が、北海道から沖縄へ挑戦の場所を変える。ケガも年齢も関係ない。乗り越えた先に見える景色を楽しもうじゃないか。それがサッカーであり、それが人生であり、それが挑戦なのである。

小野伸二が天才でなくなった日。「あのケガで、僕はすべてを失った」|サッカー代表|集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

前回の記事はこちら>>  1999年ワールドユース(現U-20W杯)・ナイジェリア大会。U-20日本代表は、歴史的な快進撃を披露して決勝進出を果たした。  1999年4月24日、ワールドユース決勝のスペイン戦。累積警告による出場停止となった 小野伸二は、ベンチでひとりだけ白いユニフォームを着て、ピッチで戦う仲間たちへ声援を送っていた。 …

札幌の小野伸二が琉球に完全移籍!「こんな自分を6シーズンも雇ってくれたクラブに感謝」 | サッカーダイジェストWeb

北海道コンサドーレ札幌が5日、MF小野伸二がFC琉球に完全移籍すると発表した。8月10日に札幌ドームで行なわれるJ1リーグ22節の浦和レッズ戦が札幌での最終試合となり、翌11日から琉球へ完全移籍する。 …

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