遠い開発途上国の現場へ

今月、日本の大学から2組の学生さんたちがスタディツアーでジュネーブに来られます。私はILOでまだ2年目ですが、その都度少しずつ勉強をしながら、お話をさせていただく予定です。JICAに勤めていた6年間を通じて、同じような機会を何度もいただいてきました。その都度話すことを変えようと思っていて、自分の過去を振り返る良いきっかけにもなっています。このような機会に感謝しています。関係者の皆様いつもありがとうございます。

自分では人前でお話しすることができるような立場ではないと日々感じています。それでも貴重な機会を頂けるのであれば、精一杯お伝えしたいといつも感じています。

冷静と情熱のあいだ

そんな私ですが、悩みもあります。たしかに私の履歴書を見て、「キラキラした経歴」と言われることも多々あります。ILOでインターン、JICA本部、アメリカ事務所駐在、ILO本部。しかし、大学生を前に自分の経歴・経験を話すとき、きっと皆さん、途上国での駐在生活や現場の経験を聞きたいのだと思います。それが私にはありません。ゼロではないですが、とても少ないです。だから、途上国の写真を交えて、自分の仕事の日常と関連付けて情熱的に語り掛けることがあまりできません。資料を準備しているときはいつももどかしく感じています。

25歳でキャリアをスタートして8年目です。ボランティアやインターンを含めると、もう13年くらい途上国の人々と働くことを夢見ています。キャリアにとってプラスに働くだろうという思いで、JICAでは大好きな東南アジアではなく、アフリカを志望しました。足掛け6年。たくさんの経験をさせていただき、アフリカにかかわる仕事ができたことを嬉しく思います。

ILOでの2年。私にはミャンマー、カンボジア、ジュネーブ本部という選択肢がありました。大好きな東南アジアへ帰るきっかけが目の前にありました。しかし、キャリアにとってプラスに働くだろうという思いで、私はジュネーブ本部を選択しました。

国際協力のキャリアを考えるとき、冷静(キャリア)と情熱(働きたい国)のあいだで私は常に悩んできました。おそらくこれは、同世代の多くの仲間たちも同じなのではないかと思います(リアルではあまり自分の話をしないので本当のところわからないですが)。

私の人生はこれまで、岐路に立った時、「冷静」の比重が大きかったように思います。その分、抑えきれない「情熱」とのギャップにひとり、苦しんできたのも事実です。「冷静」な部分つまり、キャリアを優先してばかりいると、愛し続けることに疲れてしまうんですよね。

愛することに疲れたとき

でも、もうそろそろ「情熱」を優先しても、自分を許せるのではないかって、最近思います。私の今の契約は来年3月までです。そのあとは、東南アジアで仕事をしたいと思っています。まだ具体的な計画は何もない状況です。ただ、東南アジアで働くということを最優先に、仕事を探していきたいと考えています。ミャンマー、ラオス、カンボジアの人々と働くことができれば最高ですね。これまでほとんどプライベートの無い生活で、仕事しかしてきませんでしたから、アジアへ戻ってそろそろ人の温かさも感じたい時期なのかもしれません。

自分のキャリアや人生に行き詰って、思い悩んだとき、こんな風に考えるようにしています。真摯に思い続ければ思いはきっと届く。そう自分に言い聞かせて、一日一日を大切に過ごす。そうすれば、いつの日か幸せな日々は訪れる。

思い続けると疲れてしまうことも時にはあります。どんどん離れていく理想と現実を前に、今度こそもうキャリアを諦めよう思ったときも何度もあります。大切なことは、もうだめだと思っても、今を大切にすることです。そうすれば、道は目の前に開けるのだと思います。

何だか遠距離恋愛に似ていますね。それが遠い片思いでも、近い両思いでも、自分が自立して目標に向かって真摯に頑張っていれば、いつの日か思いは届く。そんな気がします。それではそろそろ、資料の準備をします。

私の生まれ故郷の隣町「足寄町」のシンガー松山千春さんの1980年のナンバーで今日はお別れです。

作詞・作曲:松山千春

愛することに疲れたみたい

嫌いになったわけじゃない